UNOSANO学園 第1話 プロット
第一話「遊戯」
私は山野峰子。高校二年生。
ある日、近所のスーパーでホッキョクグマを助けたことから私の日常は一変した。
ホッキョクグマは超名門校UNOSANO学園の理事長で、助けたお礼としてUNOSANO学園への編入を勧められたのだ
特別な生徒しか通うことができない“UNOSANO学園”――。
生徒のほとんどに動物の耳や尻尾が生えているが、誰もそれが見えていないようで、気にしていないし、ほとんどの生徒はそれを日常として過ごしている。
最初は驚きっぱなしだった私も、ほんの少しずつその異様な光景に慣れ始めていた。
【教室】
雪丸「そういえば、山野さんはどこのチームに入るんやろな」
山野「チーム?」
雪丸「新入生歓迎球技大会。毎年五月に行われる全体行事なんやけど。……その様子じゃ、ホームルームの話聞いてなかったな?」
山野「――。ちょっと考え事してて……、ごめん」
雪丸「まぁ、山野さんは覚えることもいっぱいあるもんな。そっか、んじゃ説明するな」
雪丸「球技大会の種目はバスケ。チームは委員会対抗で行われるんや。その方が新入生は先輩たちと繋がり持ちやすいやろ?」
山野「確かに。先輩と関わる機会って部活以外では無いもんね」
雪丸「そう。そんで、ウチの学園では入学と同時に委員会に入る義務があるんやけど、山野さんは二年からの編入やからまだ委員会決まっとらんやんか」
山野「委員会かぁ……。ちなみに雪丸はなに委員会に入ってるの?」
雪丸「俺は保健委員会」
(似合ってる……)
雪丸「新入生だったらクラスで話し合って決められるんやけど、編入の場合はどうなるんやろ……。あとで先生に聞いてみた方がいいかもしれんな」
山野「そうだね。ありがとう雪丸」
(委員会対抗球技大会か……。私はどの委員会に所属することになるんだろう)
【昼休み】
モブA「あ~終わった終わった!昼飯いこうぜ~」
モブB「今日俺購買行かなきゃ~」
雪丸「山野さん。飯、行こう」
山野「うん!今日はどこ行こうか?」
雪丸「案内してないところって言ったら……植物園とか屋上かな」
雪丸(小声)「――でもその場所は“あの人”がいるかもしれないしなぁ」
山野「植物園? なんだか素敵!」
雪丸「まぁ綺麗ではあるんだけど……」
山野「だけど?」
雪丸「植物園は美化委員会の管轄だし、委員長のお気に入りの場所だから……。今日みたいに天気のいい昼休みは委員長が昼寝してるかも」
(なんだか行きたくなさそうに見えるけど……)
山野「雪丸、美化委員の委員長が苦手なの?」
雪丸「いや、委員長が苦手っていうか美化委員会全体が少し……。俺だけじゃなくて殆どの生徒は近寄らないかな」
山野「美化委員会全体が?」
雪丸「まぁ委員長の遠藤先輩は4Uの一人でもあるし。――ほら、始業式の日に居らんかった一人おるやろ?その人やねん」
山野「あぁ、たしか……。どんな人なの?」
雪丸「う~ん。正直遠藤先輩のことはそこまで詳しく知らへんねん。ただ、学園にいる不良生徒の殆どは遠藤先輩に憧れて美化委員会に所属しとる。だから美化委員会にはちょっと気が荒い生徒が多いのが実際やな」
山野「そうなんだ……」
雪丸「でも仕事は丁寧やで。ほら、この学園で汚れてる壁とか枯れてる花なんて見たことないやろ?」
山野「確かに! あれは美化委員会がしてくれてるんだ」
雪丸「だから、花とか手折ったら怒られるからな。気ぃ付けよ」
山野「き、気を付けるね」
教師「山野さん、今時間ある?」
山野「えっ。は、はい」
教師「よかった。お昼休み中に申し訳ないんだけど、ちょっと生徒会室に行ってもらいたいのよ」
山野「生徒会室、ですか?」
教師「新入生歓迎球技大会のチーム分けについて、生徒会長が話があるそうよ」
(生徒会長って確か“蜜井汰歌”先輩って言ったっけ?)
教師「それじゃ、伝えたわよ」
山野「はい、ありがとうございます」
雪丸「それじゃ、俺は教室で待ってるわ。生徒会室の場所はわかる?」
山野「う、うん。一応」
雪丸「じゃあ行ってらっしゃい」
【廊下】
(生徒会長が私の委員会を決めるのかな?4Uの生徒は権限持ってるって言ってたし)
(――雪丸と同じ委員に入れたら心強いのになぁ。)
山野「ここが生徒会室か……」
西校舎の四階。最も学園が見渡せる場所に生徒会室はあった。
両開きの扉は豪華で、私は少しだけ緊張して扉を叩く。
コンコン
中から返事はない。
山野「し、失礼します」
重たい扉の片方を開けてそろりと覗いた。中は広くて薄暗い。部屋に入って真正面にある大きなデスクが恐らく生徒会長の席なのだろうか。そこに人の気配はなかった。
山野「あれ?まだ誰もいないのかな?」
部屋の中は高級そうなソファや机、棚が並んでいて目を惹かれるものばかりだった。
中に入っていろんなものを眺めていると、奥のソファで布の擦れる音が聞こえた。
山野「…?」
(誰かいるのかな?)
奥のソファに目を向けると、誰かが横になっているようだ。
(人がいたんだ……!)
???「ん……」
(もしかして起こしちゃったかな?)
ソファに横になっている人は頭を掻きながらゆっくりと目を覚ました。
???「んんん。スンスン。――誰だァ?」
(今、匂いを嗅いだ?)
山野「あっ、あの……」
ソファから起き上がったのは高身長でピアスをたくさんつけた不良生徒だった。
???「この匂い……」
(あれ?この顔何処かで――)
【あの時、廊下でぶつかった人だ】
【あの時、心配してくれた不良さんだ】
山野「……もしかして、あの時廊下で――。」
???「やっぱりお前か……」
選択結果→(始業式の日、廊下でぶつかった不良さんだ……!)
(また会った……。というか、なんで生徒会室に?)
???「蜜井に何か用か?」
山野「あっ、はい。新入生歓迎球技大会のお話で……」
???「ふ~ん……」
(見られている。すごく見られている!)
(襟色が青ってことは、3年生の先輩だ……)
――がちゃ。
???「お。」
山野「!」
蜜井「ん?――なんだ来ていたのか」
入ってきたのは生徒会長の蜜井先輩だった。
山野「あ、お邪魔してます……」
蜜井「君が噂の編入生だね」
(あ、尻尾が揺れてる……)
蜜井「二年生で確か名前は――」
山野「山野峰子です。よろしくお願いします」
蜜井「あぁ、よろしく」
蜜井先輩は足音も無しに近づいてくる。
するり、とソファの合間をすり抜けて生徒会長のデスクに腰かけた。
蜜井「座って。――少し待っていなさい。まずは遠藤に話がある」
山野「あ、はい」
蜜井先輩は顎で手前のソファを指した。
(不良さんは先客だったんだ……)
(――ってあれ?)
蜜井「遠藤。また俺のソファで寝ていたな?頬に跡がついているぞ」
遠藤「…お前が遅ぇからだろ」
蜜井「すまない、少し理事長と話があってな」
(“遠藤”って確かさっき雪丸が言ってた――)
蜜井「――さて、今回の新入生歓迎球技大会だが、例年通り美化委員会に好き勝手暴れられると困る。部下の手綱はしっかり握っておけよ」
(やっぱり!この不良さんが美化委員会の委員長なんだ……!ってことはこの人が4Uの?)
蜜井「そもそもお前は4Uのひと柱であることに、もっと自覚をもってくれ」
(あの時の人は4Uのあと一人だったんだ……!!)
遠藤「別に俺の部下じゃねぇよ。あの子犬どもが勝手について来るだけだ」
蜜井「勝手について来ているだけだとしても、美化委員会は皆お前を群れのボスとして見ている。お前は一匹オオカミでいたいかもしれないが、群れができてしまったその責任は取らなくてはいけないよ」
遠藤「……チッ、お前に関係ないだろ」
蜜井「……」
(あれ?なんだか一瞬空気がピリついたような……?)
心なしか、密井先輩の表情が曇ったように見えた。この二人の仲はあまりよくないのだろうか?
蜜井「――とにかく、毎年こうも怪我人を出されてしまうと執行部にもクレームがくる。だから今年は本気で行かせてもらう。お前たち美化委員会はBブロック。保健委員会と俺率いる執行部の三つ巴戦だ」
遠藤「……へぇ」
蜜井「当日はよろしく頼む」
遠藤「わかった。……話は終わりか?」
蜜井「……あぁ。もう行っていいぞ」
遠藤先輩は面倒くさそうに頭を掻きながら、何も言わずに生徒会室を後にした。
蜜井先輩の目が私の方を向く。
蜜井「――さて、お待たせして申し訳ない。君の所属するチームについてだが」
山野「は、はい!」
(本題だ……!)
蜜井「君は編入したばかりでまだ委員会に所属していない。しかし即決定するわけにもいかず、現在、理事長からの指示を待っているところだ」
(まだ決まってないんだ……)
蜜井「ところで君、スポーツは得意かい?」
山野「少しは」
蜜井「そうか。では当日は風紀委員のチームに属してくれないか。風紀委員に二年生が少なくてね。チーム編成に困っているようだから」
山野「チーム編成?」
蜜井「球技大会のチーム編成にはルールがあってね。一年生から二人、二年生から二人、そして三年生が一人でスタメンを構成するんだ。ベンチには各学年を一人ずつ。男女比が均等になるように。――理解したか?」
蜜井先輩はメガネの端を指で押し上げて笑った。
口角を上げると覗く八重歯が肉食獣の牙に見える。
山野「はい、ありがとうございます」
蜜井「当日は集合時間に委員会ごとに集まってくれればいい」
山野「わかりました」
蜜井「以上だ。もう下がって良いぞ」
山野「では、失礼します」
――がちゃ、ばたん
(少し厳しそうな人だったな……。当日、どうなるんだろう?)
【新入生歓迎球技大会】
【―当日―】
モブA「委員会ごとに並べー!整列―!」
モブB「保健委員はこっちに並んでね~」
モブC「図書委員、一年生、早く集まれ」
雪丸「んじゃ、俺はこっちだから」
山野「うん、わかった。応援してるね。頑張って!」
雪丸「山野さんもな」
(雪丸と同じチームにはなれなかったけど、近くで応援はできそう)
(えぇと、風紀委員は……)
白磁「親善委員はこっちですよー!せいれーつ!」
モブ女子3「かわいい~~!」
白磁「知ってま~す!」
モブ女子1「かわいい~~!」
(“シンゼン”?シンゼン委員会って何だろう?)
紗鳥「風紀委員はこっちに集まってくださいねー!」
モブ女子1「は~い♡」
モブ女子2「駒くん、並んだよ~!」
紗鳥「はい!偉いですね!」
モブ女子「キャーーーー!(黄色い歓声)」
(あ!風紀委員のところに早く並ばなくちゃ)
(この子が風紀委員の委員長なのかな?)
モブA「アニキ!全員揃いやした!」
モブB「しっかり身体温まってます!いつでも行けますぜ!!」
遠藤「……あぁ」
モブC「テメェら!アニキの顔に泥塗るんじゃねぇぞォ!!わかったか!」
モブ「オォ!」
遠藤「……朝から元気な奴らだな」
それぞれの委員会が並び終える頃、舞台に蜜井先輩が登壇した。
蜜井(マイク)「全員集まったな。――それでは、これより新入生歓迎球技大会を開始する!事前に配布した対戦表に従い、各委員会は試合の準備をするように!」
蜜井先輩の開会あいさつが終わると生徒たちが体育館中央を開けるようにして移動した。
体育館を二分割してAブロックBブロック同時に試合が行われるようだ。
移動する生徒に紛れて、私に近づいてくる一人の生徒がいる。
(確かこの子は4Uの紗鳥駒くん……)
紗鳥「初めまして!あなたが蜜井先輩が言っていた助っ人ですよね!」
山野「はい、二年の山野峰子です。よろしくお願いします」
紗鳥「こちらこそ、よろしくお願いします!先輩も今日はめいいっぱい楽しみましょうね!」
(すごくいい子そうだ……!)
山野「うん!楽しもうね!」
紗鳥「それじゃあ第一試合なんで、コートに行きましょうか!」
山野「わかった!」
(知らない人ばかりで不安だったけど、楽しくできそう!)
Aブロックのコートの中に10人が並んだ。
実況「まずは第一試合。Aブロック「風紀委員VS図書委員」、Bブロック「美化委員VS保健委員」対戦です。ひと試合10分の2クォーターで行います。それでは審判のジャンプボールで試合を開始してください」
ピーーーッ!
試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
それと同時にボールが高く舞い上がる。
最初にキャッチしたのは紗鳥くんだった。
紗鳥「」
(あ。あの犬耳の生徒、すごい尻尾振ってボール追いかけてる……)
(あの子は、身体が重そうだな。……あの耳は象かな?)
コート内はすごくカオスな状況だった。
時々興奮しているのか、顔が完全に動物に変わってしまう子もいて、驚かされっぱなしだ。
(それなのに紗鳥くんは落ち着いていてすごいな。コート全体が見えてるみたい)
相手の陣営へ素早く切り込んでいく。ゴールはもう目の前だ。しかし、それを阻止しようと数人が立ちはだかった。このままではブロックされてしまう。
(紗鳥くん……!)
紗鳥「先輩!」
山野「!!」
後方で待機し、マークされていなかった私の手元に的確なパスが入る。
(――今だ!)
シュッ!
私の手から放たれたボールは放物線を描き、ゴールに吸い込まれた。
(すごい…!入った!)
紗鳥「すごいです!先輩!この調子でいきましょう!」
山野「紗鳥くんもナイスパス!」
(パス、すごく良いタイミングだったな……。それに紗鳥くんはチームのことをすごく理解しているみたい……)
第一試合は風紀委員の勝利だった。
実況「第二試合はAブロック「風紀委員VS親善委員」、Bブロック「執行部VS保健委員」の対戦です」
紗鳥「ここで勝てば決勝進出ですよ!頑張りましょうね!」
(次の相手は“シンゼン”委員会か……。どんな子たちだろう?)
対戦相手が並んだ。
その中で、キャップを被った生徒がこちらを見た。
白磁「あ!峰子さんだ!」
山野「君は!学園案内を持ってきた子!」
白磁「はい!お久しぶりです!――あ!もう先輩なのか」
(この子も確か4Uの一人……。理事長の孫だったっけ)
白磁「いいな。僕も峰子先輩と一緒のチームで遊びたかったな」
紗鳥「あれ?白磁、先輩と知り合いなの?」
紗鳥「あぁ、なるほどね」
白磁「ま、駒と峰子先輩がいるからって手加減しないよ」
紗鳥「こっちのセリフ。白磁だからって優しくしないから」
モブ女子1「きゃーーーー!白磁くんと駒くんが並んでる~!」
モブ女子2「かわいい~!」
モブ女子3「4Uの二人の試合か~!どっち応援するか迷っちゃう」
モブ女子1「どっちも頑張れ~~!」
(二人とも、すごい人気……。ギャラリーに人だかりが……!)
実況「それでは、試合開始です」
ピーーーーッ!
試合開始のホイッスルがなり、その場を緊張感が支配した。
私は後方から相手チームの生徒を見た。
彼らは図らずも見た目通りの動物の特徴があるらしい。
(あの子は狐っぽいな。じゃあ、きっと素早くて厄介だろうし、マークしておいた方がいいかも)
(あのキリンの子はすごくオドオドしてる……。オフェンスにはならないかな)
(馬の子は機動力が高そう。それに脚力があるからさっきからリバウンドがうまいな)
委員会が変わると、生徒たちのもつ動物的な要素も変わる。
試合が進む中、私たちのチームは翻弄され、点を多く取られてしまった。
(あのうさぎ耳の子……すごいよく見えているな)
実況「第一クォーター終了です。5分の休憩後、後半戦を始めます」
紗鳥「結構、点数離されてしまってますね……」
白磁「どうだ!うちのチームは持久力が持ち味だからね!後半戦もどんどんいくぞ!」
風紀委員の皆は少し疲れてきているようだ。
(二試合連続だもんね……。)
(相手チームは白磁くんを筆頭に持久力がある動物たちばかり……。白磁くんはやっぱり、北極熊の血が入っているから体力があるのかな?)
(それにあのうさぎ耳の子……)
私はポケットからスマホを取り出して検索した。
(「ウサギ」「視界」検索っと……)
(“ウサギの視界は360度。全方向が見えている”)
(すごい。自分の真後ろですら両目でしっかり捉えられるんだ……)
紗鳥「注意すべきは馬場先輩と白磁かな。……僕が白磁を止めるにしても……」
山野「紗鳥くん、多分、あの先輩が司令塔だと思う」
紗鳥「え?あの先輩って――宇佐美先輩のことですか?」
山野「うん。あんまり動いていないけど、的確なパスを出しているのはあの子だよ。紗鳥くんと同じ立ち位置にいるみたい」
紗鳥「……」
山野「コートをよく把握できてる。多分、視野が広いんだと思う。あの子を最優先でマークしないと」
紗鳥くんは顎に手を当てて考えた。
紗鳥「……よく、人が見えているんですね」
山野「え?」
紗鳥「いえ、なんでもないです」
紗鳥「それじゃあ、僕が宇佐美先輩をマークするかな……」
山野「いや、できれば熊井さんがいいかもしれません」
紗鳥「理由を聞いても?」
山野「……熊井さんは体格が大きいので、その分視界を奪えますし、もしかしたらプレッシャーを与えられるかもしれません」
紗鳥「ふむ。面白そうな作戦ですね。――いいでしょう」
紗鳥「皆さん、その作戦で行きましょう。後半戦、持ちこたえましょうね!」
ピーーーーーーッ!
実況「休憩時間を終了し、後半戦を始めます。それでは、――はじめ!」
再びボールが上がった。
紗鳥「じゃあ計画通りにいきますよ!」
熊井「わかった!」
熊井さんが後方で待機していた宇佐美さんのマークに入った。それまでコート全体を見渡していた宇佐美先輩は突然、眼前に現れた熊井さんに目を見開いた。
(あ、宇佐美先輩、ちょっと驚いてるみたい。耳が下がってる……)
(さすがに熊井さんの圧はすごいか……)
(肉食獣だもんねぇ……)
怯えたように耳を極限まで下げている。宇佐美先輩の視線は熊井さんに釘付けだ。
(……ちょっとかわいいかも)
その後この計画は上手くいき、後半戦で何とか点数を奪い返した風紀委員は5点の差をつけて白磁くんたちのチームに勝利した。
山野「やったね紗鳥くん!」
紗鳥「……」
山野「紗鳥くん?」
紗鳥「――。そうですね、山野先輩のアドバイスのおかげだ」
山野「そんな。紗鳥くんの指示が的確だったからだよ!」
紗鳥「この調子で決勝も戦えたらいいですね。相手は恐らく……」
紗鳥くんはBブロックのコートを一瞥した。
丁度、Bブロックの「美化委員会VS保健委員会」が終わったようだ
(トリプルスコア……。すごい)
紗鳥「毎年、遠藤先輩が率いる美化委員会が優勝しています。おそらく、今年も……」
白磁「でもどうだろう?」
山野「わっ!白磁くん……いつの間に」
タオルで汗を拭っている白磁くんが背後に現れた。
柔らかい笑顔を浮かべているが、少し悔しそうにも見える。
白磁「負けちゃったなぁ」
山野「白磁くん……。いい試合をありがとう!」
紗鳥「正直焦った。でも勝ったからには白磁の分まで決勝頑張るよ」
白磁「うん。絶対勝ってよね。――と言いたいところだけど」
白磁「今年のBブロック見た?」
紗鳥「美化委員会と保健委員会と執行部でしょ?」
白磁「そう。今年は汰歌先輩が本気出して美化委員会と同じブロックに執行部が参戦してる。美化委員会を決勝に行かせないつもりだよ。まあ、汰歌先輩も仁弥先輩も譲らないから、さっきの二試合で保健委員会は両チームに敗退。強さも団結力も拮抗してるし、正直、今年はどうかわからないよ」
紗鳥「二試合、相手が保健委員会だったってことは、三試合目は……」
白磁「そう。汰歌先輩率いる執行部VS遠藤先輩率いる美化委員会。周りの生徒たちはみんなBブロックのコートに注目してる」
白磁くんの指さした方を見ると、確かにBブロックのコートにはたくさんの生徒が集まっていた。
(皆、二人の先輩を見るために……。すごい人気だわ)
山野「白磁くんは次の試合、図書委員とだよね?」
白磁「そうですよ。決勝には行けないけど、少しでもAブロックでいい功績を残さなきゃ。でも僕は……」
山野「白磁くん?……」
白磁「――いえ、なんでも」
(なんだか、白磁くん試合に出たくなさそう……。疲れているようには見えないけれど)
(あれ?なんだか足を気にしているように見える)
白磁「僕はリーダーなので、次の試合も頑張らなきゃ」
山野「……」
(もしかして……)
山野「ねぇ白磁くん」
白磁「はい?」
山野「怪我、してるんじゃない?」
白磁「――え」
紗鳥「え?ほんとに?」
白磁くんは私の言葉に左足を下げた。
白磁「なんでもないですよ……」
白磁「それじゃあ僕は――」
白磁くんは足を庇ったまま立ち去ろうとした。
山野「ちょっと待って。白磁くん、左足を見せて」
白磁「でも……」
山野「はやく。そこに座って」
白磁くんは少し渋ったが、やがて諦めて壁に凭れて座った。
紗鳥「じゃあ僕は救急箱取ってきます。怪我してるなら蜜井先輩にも報告しなきゃ」
山野「お願いします」
白磁「うぅ。……ごめん」
そっとシューズを脱いで、ゆっくりとした動作で靴下を脱いだ。
(……!結構腫れてる)
山野「捻挫、してるね」
白磁「――さっきの試合でちょっと無理しちゃったみたいです」
山野「次の試合、これじゃ出れないね」
白磁「でも僕、委員長なのに……」
白磁くんはぎゅっと膝を抱えた。
悔しそうに歯を食いしばっている。大きな瞳にうっすらと涙の膜が張った。
【白磁スチル】
白磁「僕はいつもそうだっ……」
山野「……白磁くん」
白磁「いつも大事なところで失敗ばっかり……!この出来損ない」
山野「――そんなことないよ」
白磁「……峰子先輩にはわからないですよ」
ついに白磁くんの瞳からぽろ、と一粒の涙がこぼれる。
山野「……!」
白磁「ぐすっ……。すいません、泣いちゃって。今泣き止みますから……」
【まだ子供なのね……可愛いわ】
【なんだか情けないというか……意外だわ】
山野「無理しなくていいのよ。きっと周りの生徒には――痛くて泣いているようにしか見えないから」
白磁「……うん。僕昔から泣き虫で、弱くて…いつも頼りないってお兄ちゃんたちと比べられてて」
山野「うん」
白磁「だから学校ではおじいちゃんに少しでもいいとこ見せなきゃ……」
(理事長の孫って言ってたけど、いい家系のお坊ちゃんなのかな?すごく期待を背負っていて苦しそうだわ)
【白磁スチル終】
紗鳥「――救急箱持ってきました!ってあれ?白磁、泣いてるの?」
白磁「ぐすっ」
山野「とっても酷い捻挫なの。これすごく痛いよ、歩いていたのが奇跡くらい」
紗鳥「そうなんだ……。あんまり無理するなよ。蜜井先輩も“保健室に行って安静にしてろ”って」
白磁「わかった……」
山野「それじゃ、保健室に行く前に軽くテーピングするね」
白磁「……お願いします」
(えぇと本当は湿布で冷やした方がいいと思うんだけど、どういう炎症してるか素人の私にはわからないし……それは先生にみせなきゃ)
白磁「うぅっ!……意識すると本当に痛い」
山野「ごめんね、すぐ終わるから」
紗鳥「うわ……本当に痛そう。僕は次の試合で決勝相手を調べたいから抜けられないけど。誰か呼んでこようか?」
白磁「大丈夫。親善委員から人は呼ぶからさ」
紗鳥「そっか……、ごめんな。あとで見舞いにいくから」
白磁「いいよ、大丈夫。試合に集中してよ。――峰子先輩も手当てありがとうございます」
白磁「――あと、その、泣いちゃって」
白磁くんは少しだけ恥ずかしそうにしながら小さくお礼を言った。
山野「気にしないで。誰でも痛いときは泣いちゃうもの」
白磁「――!」
実況「第三試合を開始します。Aブロック「図書委員会VS親善委員会」、Bブロック「美化委員会VS生徒会執行部」です」
モブ「きゃーーー!」
紗鳥「すごい盛り上がりですね」
山野「うん……。歓声大きくてびっくりしちゃった」
第三試合目、Aブロックでは白磁君のいない“シンゼン”委員会と図書委員が対戦し、Bブロックでは美化委員と執行部が並んだ。
蜜井「どうだ?まだ暴れたりないか?」
遠藤「足りねぇな」
蜜井「同感だな」
ティップオフの前、二人が向かい合って立つとギャラリーは先ほどとは違う騒ぎに包まれた。
モブA「――あの二人が普通に会話してる」
モブB「珍しいな……」
モブC「仲が悪いなんじゃないのか?」
モブA「まぁ仲良くはないんじゃないか?」
(――あの二人、同じ4Uだけど白磁くんと紗鳥くんみたいに仲良くはないのかな?)
実況「そ、それでは試合を開始します」
ホイッスルが鳴り、ボールが高く舞い上がる。
最初にボールを取ったのは遠藤先輩だった。
(美化委員会は殆どの生徒が狼なのね……。蜜井先輩が言ってた“群れ”ってこういうことだったのか)
美化委員会のメンバーは遠藤先輩を筆頭にきれいな陣形を描いていて隙がない。まさしく狩りをする狼の群れだ。
(おそらく、生徒たちの性格は動物の性質が反映されているから……)
紗鳥「やっぱり遠藤先輩のチームは力強さがあるな……それにチームバランスもすごくいい」
山野「そうだね……。それにきっと白磁くんたちのチームみたいに持久力も持ち味かもね」
紗鳥「――どうしてそう思うの?」
山野「え?だって……」
(全員狼だから、なんて言えない――!)
(他の生徒には耳とか尻尾は見えてないんだ……)
山野「……筋肉が、すごくあるから」
紗鳥「確かに。決勝で当たったら厄介だな。きっと第三試合の後でもバテてないだろうし」
(狼は最高時速70㎞で20分間走ることができるし、時速30㎞にすると7時間は獲物を負っていられる。彼らにどれほどそれが反映されているかは定かではないけど、たぶん身体能力はずば抜けてあるはずだわ……)
モブA「アニキーー!!いけぇーー!」
はやくも美化委員会が先制点を奪取。
やっぱりどの委員会よりも統率がとれている。
(毎年優勝委員会なのは納得だわ……)
しかし――、
モブ女子「きゃーーーー!汰歌先輩~~!」
すぐに執行部にも点数が入った。
(えっ、足速っ!全然見えなかった……!)
(今のは生徒会長?)
ヒョウ柄の尻尾をゆらゆらと楽し気に揺らしながら蜜井先輩は笑った。
蜜井「点数の取り合いっこだな」
遠藤「……グルル」
蜜井「はははっ」
(そっか。あの人はヒョウだった……。個体だけでみれば力強さも速さも狼を上回るかも)
(じゃあ執行部はヒョウの群れ?)
狼ばかりが揃う美化委員会と違い、執行部はネコ科が多いものの種族がバラバラであった。
豹の尻尾を持つ蜜井先輩と、ライオンの尻尾とたてがみを持つ一年男子、虎の一年女子、サイの角を持つ二年男子、鹿の角を持つ二年男子。
ベンチには蛇のような鱗を持つ女子生徒、ワシの顔をしている生徒などが待機している。
共通しているのは凛々しい表情と自信たっぷりなところだろうか。
紗鳥「う~ん……。やっぱり瞬発力で言ったら蜜井先輩が速いなぁ。それにジャンプ力も」
山野「そうだね。――ねぇ紗鳥くん。もしかして執行部って賢い人が多い?」
紗鳥「え?たぶんそうだと思います。蜜井先輩が集めてる人材だし、教養はあるほうだと……」
山野「じゃあ体力配分もうまそうだね。自分たちにどれくらいの持久力があるのかわかってたら、強いと思うな」
紗鳥「そっか。――本当に決勝相手がわからなくなってきたな……」
さらに執行部に点数が入る。
先ほどからスリーポイントばかり。
(シュートの回数はほとんど拮抗してるけど、ダンクばかりしている美化委員会とスリーポイントが多い執行部で点差が開いてきてる……。スリーポイントならコート内を往復する距離も短いし、体力温存してるのかも……)
モブ女子「きゃーー!かっこいい~~!」
(なんだか狼たち、視線が行ったり来たりしてる……。もしかして、蜜井先輩の尻尾を見てるのかな?)
(やっぱり揺れるものは見ちゃうのか)
モブ美化「チッ!!この猫野郎どもォ!」
遠藤「っ! オイ!力加減――!」
開く点差に焦った狼の一人が、力任せにボールを投げた。それは大きくゴールを逸れ、壁近くにいたギャラリーに向かって飛んできた。
(ボールが、こっちに――!)
紗鳥「うわっ!」
山野「きゃ!」
ドンッ――!
山野「――っ!」
(――あれ?痛くない……?)
恐る恐る目を開けた。
会場は先ほどとはうって変わって、荒い呼吸が聞こえる程静かだった。
蜜井「――まったく」
【蜜井スチル】
山野「蜜井、先輩……」
蜜井「危なかったな、子猫ちゃん」
(防いで、くれた……?)
蜜井先輩の腕に弾かれたボールはトントン、とコートの中央に帰っていく。
遠藤先輩が苦虫を嚙み潰したような表情をして視線を下に落とした。
ボールを投げた張本人は蜜井先輩を真っすぐと見つめて目を見開いている。
(すごく重い音だった……。腕、怪我してたりしないかな)
蜜井「おいおい、あんまり牙をむくなよ。――そんなに無防備に出したら、へし折るぞ」
モブ美化「――っ」
場が凍った。
【冷たい声……他を圧倒してる】
【すごい威圧……少し怖い】
【蜜井スチル終】
蜜井「驚かせてすまないな。犬っころ共、毎年こうなんだ。後で厳しくしつけておくから」
山野「い、いえ!……助けて頂いてありがとうございます」
蜜井「ふっ。――紗鳥、こういう時はお前が子猫ちゃんを守ってあげるんだ」
ぽかん、と口を開けていた紗鳥くんは蜜井先輩に話しかけられて我に返った。
紗鳥「すいません、山野先輩。僕、驚いて……」
山野「ううん、大丈夫。怖かったね」
蜜井先輩がゆっくりと立ち上がってコートに戻っていった。
ギャラリーは女子生徒がひそひそと蜜井先輩を讃えていた。
モブ女子「やっぱり、汰歌先輩、素敵だわ……」
モブ女子「本当……。今の行動なんてまさしく王子様」
モブ女子「いいなぁ、あの子。蜜井様があんなに近くにいるなんて……」
(ほんと、すごい人気だな……)
蜜井「じゃあ、試合を再開しよう。――そこの駄犬、あとで話がある」
モブ美化「なっ!なんでお前なんかの言うことを――!」
遠藤「悪ィ、蜜井。こいつには俺が話しておく」
モブ美化「アニキ……」
蜜井「……。次、同じことが起こったらそれ相応の処分を言い渡す。わかったな」
遠藤「ああ」
実況「あ、えっと。――そ、それでは!気を取り直して試合を再開致します!!」
――その後、一部選手交代をして試合は続行された。
遠藤「――群れの責任は取る」
蜜井「――」
遠藤先輩は前半戦以上にチームの行動に気を配り、さらに統率が整った。圧倒的なボスの風格で執行部を圧倒し、少しの不穏な空気はあったものの、美化委員会が僅差で勝利した。
実況「美化委員会の勝利!決勝戦は風紀委員会VS美化委員会に決定しました!最終戦は10分後に開始いたします!」
モブ「ウォオオオオ!アニキーー!」
モブ「さすが美化委員会。体力じゃあ勝てねぇな」
モブ「いやいや、やっぱ遠藤先輩の統率力でしょ」
モブ「でも今年はヒヤッとしたな~。蜜井先輩、運動してるイメージなかったけど、めちゃくちゃ速かった」
モブ「だよな!ほんと、あとシュートが一つ多かったらどっちが勝つかわからなかったもんな!」
モブ「蜜井先輩、なんで今まで執行部に参加しなかったんだろうな~」
ギャラリーは興奮冷め止まず、体育館中に色々な声が飛び交っている。
コートの中央で蜜井先輩と遠藤先輩が向き合った。
蜜井「――負けてしまったか。流石にお前の体力にはついていけない」
遠藤「嘘つけ。息一つ乱してない癖に」
蜜井「さすがに焦った瞬間もあったさ。――あの子猫ちゃんにはお前からしっかり謝っておけよ」
遠藤「――あぁ。わかってる」
すっと、蜜井先輩が手を差し出した。
蜜井「――いい試合だった」
遠藤「……。あぁ」
モブ女子「きゃ~~~~!」
モブ女子「蜜井様もいいけど、ワイルドな遠藤先輩もいいよね~」
モブ女子「わかる~!あの二人、正反対だけどそれがいい、っていうか」
モブ女子「決勝戦、駒君と遠藤先輩か~~」
紗鳥「……すごいチームと対戦ですね」
山野「そうだね」
紗鳥「でも、蜜井先輩との対戦で遠藤先輩たち、相当体力削ってますよ。例年よりずっと疲れてると思います。チャンスです」
山野「うん!」
紗鳥「このまま優勝狙っていきますよ!」
実況「これより、決勝戦を始めます。風紀委員と美化委員の選手はコートに並んでください」
(いよいよ……!)
遠藤「……お前」
山野「あっ、はい」
(うわぁ……!やっぱり身長高い……!怖い)
遠藤「……さっきは、」
紗鳥「あーー!遠藤先輩、山野先輩を虐めないでくださいよ」
山野「紗鳥くんっ、そんな!」
遠藤「虐めてねぇ」
紗鳥「ともかく、今回は僕たち風紀委員が勝たせてもらいます」
(紗鳥くん、よく挑戦状を叩きつけられるな……。やっぱり4Uのメンバーは仲が良いのかな?)
遠藤「小動物が……。やってみろ」
紗鳥「なっ……!ちっちゃくないです!遠藤先輩が大きいだけですから!!」
実況「それでは、はじめ!」
ボールが上がった。遠藤先輩の手がボールに触れ、コートに落とされた。
始めにボールを取ったのは紗鳥くんだった。
遠藤「なっ!――んにゃろ」
紗鳥「へへっ!先手必勝」
モブ「すいやせん!アニキ」
紗鳥くんのカウンターにより、風紀委員が先制点を取った。
しかし、たかが先制点だけで勝てる相手ではなかった。
その後、風紀委員は前半だけで大きな点数差を見せつけられてしまう。
実況「前半戦は美化委員会が大幅リードです!後半戦は5分後に開始いたします」
紗鳥「くっ。やっぱり強いですね、美化委員会」
山野「息がぴったり……。体力も速さもあるから」
紗鳥「何か策は……」
(策か……。何か狼の弱点を探さなきゃ)
(でも狼だよ?一人だけならまだしも、ボスがいる狼の群れなんて殆ど弱点なんてないじゃない)
山野「――あ、でも」
紗鳥「“でも”、なんです?」
山野「あ、いや。なんでも……」
紗鳥「なんでもいいですよ。何かヒントになるようなことあります?山野先輩の目から見て」
山野「……。えっとね」
(これ、皆には見えていないんだから私が動物の分析することって、“ズル”になるじゃないかしら……)
(でも、このままじゃ負けちゃう……)
山野「……さっき、執行部との試合で美化委員の何人かが集中を切らしている瞬間がいくつかあったの」
紗鳥「あの統率の中?」
山野「ほんとに一瞬よ。遠藤先輩はまず集中を切らすことなんてなかったけど、他の4人は何度か“揺れるもの”に目を奪われていた気がするの。まぁ少しの視線なんて関係ないぐらい彼らは体の使い方をわかってはいるけど」
紗鳥「“揺れるもの”ですか」
そう。狼たちは何度か応援で揺れているタオルや風で舞い上がったカーテン、そして蜜井先輩のご機嫌に揺れる尻尾を見つめていた。
あれはまるで遊びたい犬のキラキラした目だった。
山野「もしかして、集中しているからこそ、視界の隅で揺れる何かに目を奪われてしまうんじゃないかしら?」
紗鳥「……。確かに一理あるかもしれませんね」
紗鳥くんは顎に手を当てて考えた。
そして、決心したように立ちあがり、一人メンバーを入れ替えた。
紗鳥「アリスさん、後半戦は熊井先輩と交代して出てください」
アリス「えっ!で、でも私そんなに……」
紗鳥「お願いします。大丈夫です。先陣を切って走れとはいわないので」
紗鳥くんが指名した女子生徒は長い髪を三つ編みにして結んでいる小柄な少女だった。
一年生でオドオドしている。
(大きな縞柄の尻尾だわ……。彼女はリスなのね)
紗鳥「コートの端で大きく動いていてほしいんです。美化委員会の集中を分散させるために」
アリス「集中を分散させるための戦略ですか……なら」
紗鳥「お願いします」
(確かに彼女の小柄さや三つ編みの揺れ方に目を惹かれちゃうかも)
実況「さぁ後半戦を始めます!選手はコートに戻ってください」
遠藤「そんなに汗だくで大丈夫なのかよ?」
紗鳥「……。余計なお世話ですよ」
(後半戦は“アリス先輩三つ編み大作戦”――!)
ボールが上がった。
紗鳥「それじゃ、アリスさん。予定通り、お願いします」
アリス「うん。わかった!」
紗鳥くんの指示でアリスさんが走った。ゆらゆらと左右に揺れながら、時々止まっては視界の隅できれいな髪が揺れている。
モブ美化「――ん?」
モブ美化「おい、集中しろよ!」
モブ美化「あ、おう、すまねぇ……」
(――あ、意外と効いてる)
モブ美化「……お」
モブ美化「なんでパス取らねぇんだよ!」
モブ美化「す、すまねぇ」
(いや効きすぎてるな??)
モブ美化「アニキ!パス!」
遠藤「……はっ!」
モブ美化「アニキまで!?」
(いや遠藤先輩も尻尾振っちゃってる……!)
紗鳥「遠藤先輩まで効くなんて……!須藤アリス……恐ろしい女性だ……!」
山野「想像以上の効き目だね……」
紗鳥「今のうちに点数取りますよ!!!」
モブ男子「なんだか後半戦、アニキの様子が変じゃねぇか?」
モブ男子「それにスタメンたちも……なにやってんだ」
モブ女子「駒くん、調子いいね!どんどん点数が追い付いてきてる」
モブ女子「このままいっちゃえー!!頑張れーー!」
蜜井「(おや、珍しい。アイツが集中を切らすなんて……)」
蜜井「……このままいけば、もしかすると」
モブ美化「まずい……!あと20秒!」
モブ美化「おらぁ行ったれ!」
紗鳥「アリスさん!」
アリス「はい!!」
狼たちがシュートを決めようとすれば、コートの端でアリスさんがジャンプする。素早く、それでいて気になる揺れ方。
モブ美化「あ~~!なにシュートミスってんだ!時間ねぇぞ!」
モブ「いいぞ風紀委員会~!いけいけ~!」
遠藤「どうなってやがる……」
そしてついに――、
紗鳥「逆転!あと10秒守り切れば僕らの勝ちだ!」
山野「やった!!」
遠藤「チッ!……ボール回せ!!」
カウントダウンが始まる。
狼たちはボスの咆哮にとっさに反応した。
残り三秒。遠藤先輩の手にボールが収まる。
残り二秒。ハーフラインという遠さで遠藤先輩はシュートモーションへ移った。
紗鳥「まさか、その距離で――」
(まずいわ……!)
山野「アリスさん!」
アリス「は、はい!」
アリスさんがぴょんぴょんと跳ねる。
遠藤「――っ!」
残り一秒。遠藤先輩の手から放たれたボールは綺麗な放物線を描いた。
紗鳥「――!」
山野「――!」
遠藤「……っ!」
がこん!
ピーーーーーーーーー!!!
試合終了のホイッスルが鳴った。
紗鳥「は、外れた……!」
遠藤先輩のシュートはリングに当たって跳ね返った。
間一髪、風紀委員は一点差をつけて美化委員会に勝ったのである。
モブ男子「うぉおおおお!!!!」
モブ美化「そんな……!アニキが……!」
モブ女子「きゃーーー!駒くん~~~!!」
モブ女子「遠藤先輩が負けちゃった~!」
実況「今年の新入生歓迎球技大会の優勝は、紗鳥駒率いる風紀委員会だぁ~~~!!!!」
山野「勝った!」
紗鳥くんに振り返った瞬間、私の手に熱いものが絡みついた。
【紗鳥スチル】
紗鳥「やりましたよ先輩!!」
山野「さ、紗鳥くん!」
紗鳥「うわぁい!すごいすごい!やった~!」
紗鳥くんの火照った手が私の両手を握っている。
こつん、とおでこを合わせて嬉しそうに飛び跳ねた。
(ち、近い……!)
(でも、本当に嬉しそうだわ)
紗鳥「無敗の遠藤先輩に勝った~!」
山野「……うん!やったね!」
紗鳥「山野先輩のおかげですよ!作戦勝ちです!」
山野「紗鳥くんの指示があったからだよ。おめでとう!」
至近距離に紗鳥くんの綺麗な顔が映る。
(疲れていても、すごくかわいい……)
紗鳥「ねぇ先輩……」
山野「――」
紗鳥くんがゆっくりと目を合わせる。
【宝石みたいできらきらしていて綺麗だわ】
【青色の中に熱いものを感じるわ】
雲さえも突き抜けた深い空のような、どこまでも広がる青い瞳――。
紗鳥「……先輩はすごい。――特別ですね」
山野「え?」
紗鳥「なんでもないですよ」
なにか含ませたような言い方だったけど、紗鳥くんはパッと手を離してチームメンバーのところへ行った。
(どういう意味だろう……)
【紗鳥スチル終】
実況「皆様お疲れ様でした。それでは委員会はあらかじめ決められた片付け作業を行い、各教室へと撤収してください」
表彰が終わり、生徒たちの熱狂も少し収まってきたころ、生徒たちは解散の合図を受けた。
紗鳥「優勝報告、白磁にしに行ってきます!」
山野「うん。いってらっしゃい」
(――さて。あとはこれを片付けるだけ)
遠藤「――よぉ」
山野「きゃっ!」
突然、背後から声を掛けられ、持っていた荷物を落としてしまった。
振り返るとそこには遠藤先輩が――。
遠藤「わり。驚かせたか」
山野「す、すいません。――あ、私が拾うので……!」
遠藤「これ、重いだろ。……手伝う」
山野「そんな、悪いですよ。あとはこれだけなので……」
遠藤「――」
しゃがんだ遠藤先輩より早くものをかき集めようとしゃがみ込む。
散らばったものを集めていると、突然、頭に重みがのった――。
【遠藤スチル】
山野「遠藤、先輩?」
遠藤「……さっきはすまなかったな。怖かったろ」
(もしかして私、遠藤先輩に撫でられてる?)
(“さっき”って、あのボールが飛んできた時のことだよね?)
山野「い、いえ。――蜜井先輩が防いでくれましたし……私は特に何も」
遠藤「あの馬鹿には言い聞かせといた」
(穏便にすんでいればいいんだけど……)
そっと顔をあげて遠藤先輩の表情を伺った。
(無表情で怖いと思ってたけど、こうしてみるとすごく穏やかな目をしているのね……)
遠藤「とにかく、怪我がなくてよかった。――嫁入り前の女の顔に傷でもできたら大変だった」
山野「……あり、がとうございます」
(遠藤先輩って、初めてあった時もそうだったけど――)
【もしかして意外と優しい……?】
【すごく紳士な人かもしれない】
山野「先輩はいつも心配してくれますね」
遠藤「……前もそうだったか?」
山野「えぇ。廊下でぶつかった時も」
遠藤「当たり前だ。俺とお前じゃ、――」
遠藤先輩の手が頭から髪を伝って降りてきた。
そっと、頬に大きな手が添う。
遠藤「ここまで体格差があるだろ」
山野「……っ」
(熱い掌……私の顔よりずっと大きいし、骨ばっていて男らしい……)
【遠藤スチル終】
遠藤「とにかく、今回は悪かった。お詫びに、今後学園生活で困った輩がいれば俺に言えよ。大体は俺の名前で尻尾丸めて逃げていきやがるから」
山野「あ、ありがとうございます。――確かに、遠藤先輩の名前だけである程度の人は逃げていくかも……」
遠藤「……少しは否定してもらいたいねぇ」
山野「す、すいません」
遠藤「さ、片付けるか。――これ、倉庫に戻せばいいんだな?」
山野「あ、そうです……!ってすいません、お手数をおかけしてしまって……!」
遠藤「いいよ。俺がやった方が早いし」
山野「……すみません」
遠藤先輩はたくさんの荷物が入った箱を軽く持って倉庫へ向かった。
確かに力量差ははっきりしていて私が一つ一つ持っていくよりずっと早かった。
遠藤先輩のおかげで片付けが早く終わった私は、教室に帰るまで今日の楽しい出来事を繰り返し思い出していた。
しかし――、
【教室】
雪丸「お、山野さん。戻ってきたか」
山野「雪丸!お疲れ様!」
雪丸「おん、お疲れ。優勝しとったな、すごいやんか」
山野「まぁ風紀委員の端に居ただけだけどね……」
雪丸「そんなことないて。すごかったよ」
山野「ありがとう……。今日、すごく楽しかったな」
雪丸「俺はそんなに運動せんし、はよ終われって思っとったけどな」
山野「確かに!雪丸がバスケしてるとこ想像できない」
雪丸「執行部と美化相手に歯立つわけないやん。秒殺や秒殺。――ま、球技大会も無事終わったことだし俺は気楽やけどな」
山野「でも楽しかった分、ちょっと寂しいな」
雪丸「え?――山野さん、そんな寂しがっとる暇ないで?」
山野「え?」
雪丸「来月は試験があるやんか。――赤点取った生徒は補修に加えてペナルティとして一週間の校内清掃せなあかん。山野さん、勉強の自信あるん?」
山野「――うそ」
(試験!?――私普段の授業についていくだけで精一杯なのに……!)
雪丸「悪いけど、俺も今回危ういねん。流石に平均以下取れへんから、山野さんに教えてる暇ないわ」
山野「えーー!なんでぇ!私、教えてもらわなきゃ赤点取る自信しかないよ!」
(だって外国語が知らない言語なんだもん……!!)
(世界史も私の知ってる話と少し違うし!!)
雪丸「ま~~どうしても無理だったら、要点だけは教えたるから」
山野「雪丸ぅ~~」
(――私、試験のりきれるかな……?)
第一話「遊戯」 終
UNOSANO学園 プロローグ プロット
『UNOSANO学園』
Prologue 「 花(はな)筏(いかだ) 」
――春、出会いの季節。
朝の空気はまだ冷たく、透き通っているようで少しの水分を含んでいる。
さらさらと川の流れる音と、その水面をゆれる花筏(はないかだ)。
私、山野 峰子は桜流しを横目に豪華な校門をくぐるので
あった――。
【校門】
(それにしても、すごく大きな学校……)
???「――――お、来たな」
山野「へ?」
???「おはようさん」
山野「雪丸!」
彼は代田 雪丸。私の幼馴染だ。
お隣の家に住んでいて幼稚園からずっと一緒の学校、一緒のクラスで過ごしてきた。
だけど、高校だけは違った。
雪丸には特別な生徒しか入れない超名門校の「UNOSANO学園」から入学案内が届いて、そこへ通うことになった。私はもちろん平凡な女の子だったから、雪丸と同じ学校へは通えなかった。兄弟同然に過ごしてきた私は、雪丸のいない高校で少し寂しい一年を過ごした。
(――だけど)
雪丸「その制服……。本当に今日から山野さんもUNOSANO学園に入るんやな」
(そう。私は二年生になる今日からUNOSANO学園に通うことになったのだ)
山野「うん!急な話で驚いたけど……でも、また雪丸と一緒の学校に通えて嬉しい!」
雪丸「そやな」
雪丸「まぁこの学園は特殊やから慣れるまで大変やろうけど、しばらくは色々と聞いてくれればええから。これからはまた同じクラスやしな」
山野「!! また同じクラスなの?よかった!」
雪丸「そろそろ始業式が始まりそうや。移動しよか」
【体育館】
――ざわざわ
モブA「お!今回俺ら同じクラスじゃん!」
モブB「やったな!よろしく」
(わぁ。人がいっぱい……って、あれ??)
雪丸「ここが体育館。……もう生徒が並び始めてるな。俺らも早くクラスの列に並んだほうがええな」
山野「う、うん」
(あれ?幻覚?――生徒の頭に動物の耳が付いているように見える……)
山野「ねぇ、雪丸。この学園ではコスプレして始業式に出るの?」
雪丸「え?――いや別にそんな風習はないけど」
山野「でも生徒たち、みんな耳が……」
雪丸「?? 何言っとるん……?」
(もしかして、雪丸には見えてない!?)
山野「や、やっぱり何でもない!」
雪丸「ん。新しい学校で緊張しとるんやな」
(確かに緊張はしてきた……)
雪丸「そや。舞台に向かって左に集まってる生徒はネクタイやシャツの襟色が赤色やろ?」
山野「うん」
雪丸「あれが1年生。昨日入学してきて、2、3年と顔を合わせるのは今日が初めてやな」
山野「赤色が1年生……」
雪丸「そんで山野さんの制服や俺の制服見てわかると思うけど、2年生が緑色。舞台向かって右側に並ぶんやで」
山野「じゃあ3年生が真ん中の?」
雪丸「そう。舞台真正面に集まっとる青い襟色が3年生。とりあえず先輩と後輩の区別はつきそうか?」
山野「うん!ありがとう」
モブC「そういや今年の4U聞いたか?」
モブA「あぁ、聞いた聞いた!しかも4人のうち2人は1年生なんだろ?」
モブB「まじかよ……!こりゃもしかすると、
もしかするかもな!!」
モブC「いや今年の1年がどんだけ凄くても待ち構えてるのは“あの”2人だぜ?そう簡単にいかねぇよ」
モブA「確かにそうだなぁ……」
(随分と盛り上がってる……。何のことだろう?)
山野「ねぇ、雪丸。4Uって何?」
雪丸「あぁ、山野さんは知らんかったか。――うーん、そうだなぁ」
雪丸「毎年、UNOSANO学園では入学式に“4U”っていうこの学校のトップ集団を選ぶんだよ。全生徒からの投票でな」
山野「トップ集団?人気者の集まりってこと?」
(文化祭のミス・ミスターコンテストみたいなものかな?)
雪丸「まぁ、投票による結果だから人気者って表現しても問題はないかもしれんけど……。簡単に言うとこの学園に実権を掌握できる生徒ってことやな。うちの学園は生徒主体。すべての決定権は生徒にある。実際に学園を運営する4人のメンバーを請負人の意味を込めてアンダーテイカー(Undertaker)、略して “4U”って呼ぶんやで」
山野「権力をもった生徒会みたいなもの?」
雪丸「そう。4Uの中でも最も票の多かった生徒が生徒会長になるんや。――お?」
ざわざわ……。
教師A「それでは、時間になりましたので始業式を始めます。皆さん、静粛に。理事長のご挨拶です」
ぽいっ、べと!
(? 何の音?)
???「ガウガウ」
(!?)
壇上に現れたのは生徒の3倍は大きいホッキョクグマだった。
(??なんでこんなとこに?!)
舞台袖から投げられた魚がマイクの真下に落ちた。
巨大なホッキョクグマはのそのそと歩きながら魚の方へと登壇していく。
(え?えっ?何が起こってるの? あのホッキョクグマ、ネクタイ結んでる……)
暫くマイクにホッキョクグマの咀嚼音が入り、時々唸り声が聞こえる。音はただそれだけで体育館は静かな空間だった。あたりを見渡しても生徒は誰一人動じていないようだ。
(なんで誰も驚かないの?少なくとも新入生は驚くべきじゃない?)
教師A「理事長、ありがとうございました」
(いや理事長なのかいっ!!……ってあれ、あのホッキョクグマ、どこかで見た覚えが……)
その時、私は思い出した――。
山野「あの時の!!」
【2週間前】
【近所のスーパー】
山野「もう、ママったら。買い忘れたなら自分で行けばいいのに……。早く終わらせて帰ろ」
???「ガウガウッ! ガウ……ガゥ……」
山野「なんだかレジが騒がしいわ」
???「ガウガウ!」
山野「えっ!? クマ!?」
レジに並んでいたのは大きなホッキョクグマだった。
どうやらレジの支払いでトラブルがあったようだ。
(いや、支払いの以前の問題だよ……)
北極熊「ガウゥゥ……」
(なんて悲しそうな表情するの……。)
買い物かごにはしろくまアイスが二つ。財布は持っているようだが、どうやらお金の払い方がわからないようだった。
レジの人も腰が引けているし冷や汗が止ま
らない。
(でも……)
私は思わず横から声をかけた。
山野「あの、もしよければ私がお支払いを手伝いましょうか?」
北極熊「ガゥ……?」
(いやめっちゃ怖いな!?近い!デカい!……でも、すごく期待の眼差しをこちらに向けている気がする……)
山野「あの、すいません。これ二つでいくらですか?」
店員A「あっ、はい……275円です」
山野「お財布、借りますね。えぇと……これで!」
私はホッキョクグマの財布から300円を取り出し代わりに支払った。人間サイズの長財布から小銭を取り出すことは難しいだろう。
おつりも受け取り、しっかりと中に戻してホ
ッキョクグマへと返した。
山野「これで買えましたよ。全部溶けちゃう前に早く持って帰ってくださいね。誰かと食べるんでしょ?」
袋に入れて大きな手に掛けてあげれば北極熊はなんども嬉しそうにアイスを見た。
北極熊「がう」
(帰っていった……。なんだったんだ?)
それから帰宅した私は再び驚いた。
【自宅】
山野「ただいま~」
山野ママ「あら、峰子ちゃん。ちょっとリビングにいらっしゃい」
山野「え?はーい。……なに~?」
???「こんばんは」
リビングのソファには知らない男の子がいた。
パーカーのフードを被っていて不自然だな、と思う以外は至って普通の男の子だ。
山野「こ、こんばんは……。お母さん、お客さん?」
山野ママ「峰子ちゃんに用があるんだってよ?お友達じゃないの?」
山野「え?私?」
???「はい。山野峰子さん」
(この子、可愛い顔してる……)
山野「えっと、私に何か?」
???「はい。単刀直入に言いますと、あなたに編入案内をお届けに参りました」
山野「編入?」
???「現在は○○高校に通っていらっしゃるとか。今は春休みですか?」
山野「はい、そうですけど」
???「では、二年生からはうちの学園へご登校ください」
山野「えっ?」
(どういうこと?転校?)
???「UNOSANO学園は特別な生徒のみ入学できる名門校。今回は特例ということで理事長より直接お手紙頂いて参りました」
山野「UNOSANO学園って雪丸が通ってる“あの”」
???「はい。二週間後の始業式までに制服、教科書など一式をそろえてご自宅までお届けいたしますのでお受け取りお願いいたします。それでは、失礼します」
山野「えっ、ちょっと待ってください!」
――ガチャ、ばたん
山野「……行っちゃった」
それから両親はUNOSANO学園への編入をあっという間に終わらせてしまった。
こうして、私はこの学園へと通うことになったのだ。
【現在】
山野「つまりあの時のホッキョクグマが理事長で……助けたお礼ってこと~~!?」
雪丸「ちょっ、山野さん、どうしたん?」
山野「いや……理事長に驚いてしまって……」
雪丸「……あぁ、まぁ理事長の言葉は聞き取りずらいもんな。俺もまだ正確に聞き取れないから努力せな」
(いや聞き取れるとかそんなもんじゃないでしょ……)
ぼと、べちゃ
また舞台袖から肉が投げられた。
次は反対側の舞台袖だ。ホッキョクグマはそれに誘導されて降壇した。
(肉で誘導って……。もはや知能ないじゃん……ほぼペットじゃん)
雪丸「ほら、今から4Uのお披露目やで」
教師A「続いては生徒会長挨拶です。よろしくお願いいたします」
舞台袖から一人の男子生徒が出てきた。
マイクのそばまで足音も立てず、しなやかな動き。まるで猫のよう……。
(まぁヒョウ柄の尻尾あるし多分猫……)
雪丸「あれが生徒会長の蜜井 汰歌先輩。三年生で去年も生徒会長やっとった」
山野「去年も?」
雪丸「そ。つまり、2年連続投票率1位ってことや。まぁ1年の頃から4Uに選ばれとったらしいし」
山野「そうなんだ……」
◆主人公の心情選択
【まぁ、確かに豹って強そうだもんね】こちら
【確かにかっこいいね】
蜜井「全校生徒の諸君、おはよ
う。本日より、新学期がはじまる。勉学、部活動に励み、互いに切磋琢磨しながら成長できる一年にしよう。――さて、今年の行事に関して、実行委員となる4Uの紹介をする。まずは、昨日の入学式で選ばれた1年生の二人。前へ」
壇上に二人、生徒が出てくる。
赤色のネクタイをつけている二人はどちらもまだ少年さが残っていて初々しい。
(青い子、肩にインコのせてる……?それに、隣の子は……)
蜜井「それでは一人ずつ挨拶を。まずは紗鳥から」
紗鳥「紗鳥 駒です。今日から4Uとして風紀委員を任されることとなりました。よろしくお願いします!」
◆主人公の心情選択
【明るくて元気な子だな……】
【本当に女の子みたいに可愛い】こちら
白磁「は~い。えっと、今日から4Uの一員として頑張ります。あ、役職は理事長補佐です。よろしくね」
(あれ……?)
◆主人公の心情選択
【この子の声聞いたことがあるような……】こちら
【この子の顔見たことがあるような……】
山野「あ!」
雪丸「ん?どうした?」
山野「編入案内持ってきた子だ!」
雪丸「なんや?もう4Uと知り合いなん?」
山野「知り合いって言うか……。あの子がう
ちまで編入届持ってきたの。この学校の生徒だったんだね」
雪丸「あ~。あの子、苗字がポラリス・ベアーって言うとったやろ?理事長の孫やねん。だからかもしれんな」
(理事長の孫……?孫??……えっ?生徒の耳や尻尾はそういうことなの?)
蜜井「そして俺が、生徒会長の蜜井 汰歌です。去年と引き続きどうぞよろしく。――それと、メンバーのあと一人に関しては今日は欠席との知らせだ。紹介は後日とする。以上」
教師A「それではこれにて始業式を閉式いたします。生徒の皆さんはあらかじめ決められたクラスへと移動し、担当教師の案内の元ホームルームを行ってください」
雪丸「は~終わった。ほな、教室いこか」
山野「そうだね……。校舎も広いから迷わ
ないようにしなきゃ」
雪丸「しばらくは俺が案内するな」
山野「うん。よろしく」
移動している間も目の前の生徒から馬の耳が生えていたり、山羊の角が生えていたり……。もちろん、今日から私が通うクラスの生徒たちも何か動物の耳や尻尾があった。顔そのものが動物だったりする子もいる。
私は初めて見る光景をただ受け入れるしかなかった。
(特別な学校って、そういうことなのかな……?どうしよう、混乱してきた)
山野「ふぅ……。ちょっとお手洗い行ってくるね」
雪丸「わかった。迷わずに帰ってこいよ」
山野「わかってるって」
【廊下】
ジャー、キュッ。
山野「……私の頭には耳ついてないよね?」
(よし)
山野「さ、そろそろ教室に帰らなきゃ」
ドンッ
山野「きゃっ」
トイレから出た瞬間に誰かにぶつかってしまったようだ。
山野「す、すいません」
遠藤「……」
(身長高っ……!この人も犬耳がある)
(それにピアスもいっぱい……!不良さんだ……どうしよう、怖い)
遠藤「……怪我は?」
山野「へ?」
遠藤「……。平気そうだな」
(心配してくれたんだ……)
遠藤「次は気をつけろよ。……それじゃ」
遠藤「ふぁ~~ねみぃ……。どっかで昼寝すっか」(※フェードアウト+足音)
山野「は、はいっ!ありがとうございます……」
(行ってしまった……。あ、尻尾もあるんだ)
(やっぱり、誰とあっても動物の要素が少しずつ入ってる……)
(特別な生徒しか通えない超名門UNOSANO学園――。)
(もしかして私、とんでもない学校に転校してきちゃったのかもしれない……)
Tobecontinued
マーダーミステリー『海底都市の天使』
マーダーミステリー 『海底都市の天使』
★このシナリオの特徴★
あなたは解くべきは殺人事件“だけ”じゃない。
圧倒的な文字数で短編小説
◆PL数 :5人
◆PC 男/女比 :3/2
◆プレイ時間 :3時間30分
◆全員嘘を吐ける
推 理 :★★★★☆
ホ ラ ー:★☆☆☆☆
グロテスク:☆☆☆☆☆
オ カ ル ト :★★★★☆
ストーリー:★★★★★
◆あらすじ
最近、世間を騒がす噂があなた方の耳に入ります。それは、「海底都市の天使」と呼ばれ、ある日突然に話が広まりました。
噂の内容はこうです。
「北大西洋に今まで観測されなかった大陸が出現した。広大な陸地にはまるで古代ギリシャのような都市の残骸が見られ、草木は生えておらず、コケが蔓延っていた。文明の形跡がありながら地上に存在しなかったため、海底都市と呼ばれているようだ。
大陸は豪華客船の旅路に出現したため明らかになった。
一夜にして全世界へと広がったビッグニュース。
ある写真家が撮影した高画質の画像には、神殿のような遺跡がみられ、その荒れ果てた祭壇の上に天使のような姿をした人影が写っているという。
ここまで大々的に報道されていてなぜ依然“噂”と呼ばれているのか。それは大陸への経路を誰も追えなくなってしまったからである。
まるで人ならざる者によって意図的に隠された魔の海峡とでも言うのか。
あなた方は冒険家ステファノ・ベラルディによって集められ、その海底都市に行く。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
▼シナリオパックの内容
・行動早見表(すべてのキャラクター)
・情報カード(テント調査/周辺調査/各HO所持・証言)
・探索者用シナリオ(自分のもの以外は読んではいけません)
①HO1ローガン・ガルシア
②HO2リアム・マーティン
③HO3アルフレード・マキャベッリ
④HO4イザベラ・フルラン
⑤HO5サルヴァトーラ・ベラルディ
・各HO立ち絵(バストアップ)
・簡易マップ/盤面
・NPC死亡スチル/テント背景画像 (※ネタバレ厳禁)
マーダーミステリー 『亡国の天賜』
TRPG マーダーミステリーのシナリオパックが販売開始されました。
マーダーミステリー 『亡国の天賜』
★このシナリオの特徴★
あなたは調べるべきは犯人だけではない。
圧倒的な文字数で短編小説のようなシナリオです。
※継続シナリオ 3部作の2作品目
(第1作目『海底都市の天使』を通過後のプレイをお勧めします)
◆GM有
◆PL数 :5人
◆PC 男/女比 :4/1
◆プレイ時間 :3時間30分
◆全員嘘を吐ける
推 理 :★★☆☆☆
ホ ラ ー:★★☆☆☆
グロテスク:★☆☆☆☆
オ カ ル ト :★★★★★
ストーリー:★★★★★
◆あらすじ HO1ロイド・ガルシアとHO5ステファノ・ベラルディは若き冒険家だった。 とあるギリシャでの探索帰り、地中海でも観光しようかとオフを楽しんでいた時、ピレウスの海岸でロイドが何かに躓いた。それは大理石のようで、地中に深く埋まっているようだった。
ギリシャではしばらくの嵐が続き草木や砂浜が荒れていると聞いたが、その痕跡なのかもしれない。 冒険家の血が騒ぐ二人は、その石の先が見たくなり、時間も気にせず砂を掘り進めていった。
そこで気づいたのは、この石がまるで神殿の石柱のように長く巨大であるということだった。 数メートル掘っても終わりが見えない石柱には、古代文字でこう書かれていた。
「亡国の天賜よ 眠れや眠れ 深い水の底で」
「兄の足音を子守歌に 眠れや眠れ やがて還るときまで」
▼シナリオパックの内容
・行動早見表(すべてのキャラクター)
・情報カード(周辺調査・1回目/2回目)
・探索者用シナリオ(自分のもの以外は読んではいけません)
①HO1ロイド・ガルシア
②HO2リヴァイ・グリーンヒル
③HO3アッシャー・リード
④HO4エリザベス・フテロ
⑤HO5ステファノ・ベラルディ
・各HO立ち絵(バストアップ)
・遺跡簡易マップ
・NPC死亡スチル/HO5負傷スチル/仮説住居マップ(重要ではない)
私が死んだ夏
長い、長い夏が来た。
燦々と降り注ぐ日差しの中、壊れる波の音と木々の喋る声、熱気と湿気、紫外線と蝉の産声。
明るい空とは正反対の酷く気怠い空気の中で、私はぼんやりと考えていた――。
余りの熱さに、揺らいで見えた蜃気楼が足元を霞めていく。外に出た時から拒絶するような温度が身体を包んでいたが、歩き出して五分の距離で私の視界は揺らいだ。じんわりと浮かんでいた汗が頬を伝って流れていった。顎に溜まった雫を手の甲で拭う。暑い、と言葉に出してしまえば負けてしまう気がして、私はそれを乾ききった喉でグッと押し込んだ。
引き摺る様に運ぶ体はもはや鉛だ。持ち主のいう事を聞かず、私という意思を折ろうとしている。しかし屈してはならない。ここで折れてしまうのはダメだった。
私は道路の中心をフラフラと占領し、車どころか人一人いない、静かで、ただ熱だけが支配する空間をさまよう様に歩いた。いや、実際に彷徨っていた。私は何処へいくのだろうか。どこに向かえばいいのだろうか。つい昨日までは普通だった日常の欠片を、脳の端に追いやっていた。家に帰る道がわからない。いざ世界へ出た私は、この先どこに足を向けていいのかわからずに十字路で歩みを止めてしまった。
「帰らなきゃ。」
やっとの事で逃げ出した地獄を離れて、まだほんの少し。まだ足を止めてはいけないのに。後ろから追ってくる可能性だって十分にあるはずだ。早く家に帰らないと。
くすんだ茶色が染みついた薄いシャツも、止まらぬ汗で肌に張り付く。手で拭っても取り払えない不快感の中、焦る心とぼんやりとした思考で私は考えた。
――いや、追ってくる心配はないな。
ふぅ、と小さくため息を吐き出して髪が張り付いた項の汗をぬぐった。ふわふわ、とした意識の中で私は先ほどの光景を思い出した。意識しなくても、瞼を閉じればそこに見える。たくさんの肉塊と夥しい程の血溜まり。骨で作られた食器は陶器のように滑らかで、まだ幼さの残るさらりとした肌に無理やり刺青の彫られた皮膚が額縁に挟まれて壁に飾られている。
エリザベートの邸。
あそこはまさに、地獄そのものだった。
* * *
そもそも、地獄にいれられたのは私が夏休みに入ってからすぐの事だった。高校生最後の夏休みは騒いでいられるほど期待できるものではない。じわりじわり、と迫る受験に向かい合ってひたすら机に座ってることしかできないのだ。周りや親からの重圧はどうも苦しいものだった。友の中には受験をしない者もいたが、彼らからの「遊ぼう」メッセージはみなかったことにした。どうも心が寂しい。
夏休みは家で自主学習に取り組み、できる限りの時間を使って進学のために努力する。そんな夏休みの中でもいくつかの日は外に出る用事があった。
例えば、図書館での勉強会。それから進学相談の為に学校へ先生に会いに行ったりも。長期休暇八日目で私は担任の先生に会いに行くことにしていた。受験への不安やストレスをどう処理すればいいのか聞きたかったのだ。
しかし、休みという事で気を抜いてしまったのか用事があることを忘れ三十分程度の寝坊を許してしまった。重い瞼を開いた私は手に握りしめた携帯が示す時間をみて飛び起き、朝ごはんも食べずに家を飛び出した。人を待つのは構わないが人を待たせるのが嫌いな私。約束の時間の五分前には到着していることが自分の中での鉄則だった。それなのに今日は間に合いそうにない。「申し訳ない。」心の中で謝りながら学校への下り坂を歩いた。このまま真っ直ぐ行けばいつもタイミングの難しい交差点が待っている。歩行者信号の青がいつも合わないのだ。私はその交差点が嫌いだった。車通りも多いし人も多い。人の視界に自分が入るのも嫌いで引きこもりがちな私には得など一つもない場所。怠い気持ちのまま信号を一瞥すれば青は点滅して消える寸前だった。「あぁ、くそ。」と舌を打ちながら踵を返す。十秒ほど戻って小さな脇道を通ると少し遠回りだが静かな通学路がある。この道はあまり知られていないらしく私以外に生徒が通っているところを見たことがない。まさに、私に特しかない道なのである。木々のおかげで少しだけひんやりとした道を通りながら蝉の声を背後に先を急いだ。普段は母から借りている黒い日傘を持って外へ出るのだが時間に焦る私にそんな余裕はなかった。人を寝坊で待たせておきながら紫外線や日焼けを気にするほど、私は頭の中お花畑ではない。
それにしても暑い。溶けるという表現が今なら少しわかる気がする。脊髄からじんわりと溶けだして地面にへたり込んでしまいたくなる。普段登校する時間よりも昼に近いからだろうか、いつもよりも汗や疲労感が多い気がする。視界が霞んできて最後に見つめていた道路の濁色。視界いっぱいに広がって、そこからの記憶はよく覚えていない。しかし、今思えばいつもよりも少し違う行動をしたこと。たったそれだけのことが、私を殺すには十分な日々が幕を開けていた。
* * *
次に目が覚めた時には柔らかなベッドの上。
ふんだんに羽毛が使われているのか、こんなに柔らかい布団に包まれて眠るのは初めてだ。
もぞり、と寝返りを打った時に感じるベッドシートの滑らかさと枕のちょうどいい高さ、静かに悲鳴を上げたスプリングはどう考えたって私の物ではなかった。
真夏だというのに肌を撫でた空気は冷たい。私の家では勿体ないという事でクーラーをあまりつけないのだがやはり心地良い。まるで湯水のように電気代が流れていく、と夢と現の間で笑った。そこでようやく疑問を抱いた。「ここはどこだろうか。私は学校に居るべきではなかったのか。」思わず跳ね起きるように身体を起こして布団を握りしめた。
意識がブラックアウトする前の濁色とは打って変わって目覚めて最初に見た世界は“真っ赤”だった。まるで真新しい白い壁に鮮血をかけたように真っ赤な色。あぁでも、鮮血を壁に掛けたのなら空気に触れて茶色く濁る。こんなに綺麗な赤ではないはずだ。ならやはりこれはペンキだろう。目の前の真っ赤な壁があまりにも見事で視界に入っていなかったが、視点を少しずらしてみるとまるで西洋の館のように立派な部屋だった。家具や調度品を眺めてみれば金や赤で装飾されているのがわかる。統一感がありながら豪華な部屋だ。
「この部屋の主とは趣味が合いそうだなぁ。」
普段の生活をしていれば、こんなに私の好きなものを詰め込んだ部屋を拝めることなんてなかっただろう。私は中世西洋の建物や文化がとても好きだった。そんな非現実的な世界観が私の思考を鈍らせているのか。私が今考えるべきことは、館の主と気が合う合わないではなく、なぜ私が此処にいることである。一瞬の思巡の後、ドアが三度のノックの後に開かれた。
「目が覚めたのかしら?」
ふわりとまるで薔薇が咲くように笑ったその女性は、今まで見たことがない程整った容姿をしていた。柔らかな髪を緩くリボンで留めていて、身にまとっているドレスは間違いなく西洋のソレ。レースやチュールを大量にあしらった豪華で美しいドレス。この部屋と同じように真っ赤な色をしていたが、それも美しかった。
あぁ、生まれ変わるならこの人の子供に生まれてこの部屋に住みたい。
コツコツ、とヒールの踵を響かせて近寄ってきた彼女は聖母のような笑みを浮かべたまま私の額に手を当てた。おっと、なんて呟きながら白魚のような手を見上げる。
「うん、もうすっかりよくなったね。」
「え、っと。あの、すいません。もしかして私って、熱中症で…?」
此処でようやく意識を失う前の自分を思い出した。朝食を抜き低血圧の身体に鞭うって家を飛び出したのだ。それに炎天下だったし発汗量に対しての水分摂取量が圧倒的に少なかったと思う。倒れて当然だ。
少しだけ困ったように微笑んで頷いた彼女に、私は「あっちゃー。」と情けない声を出して顔を覆った。こんな美人に助けてもらって、綺麗な部屋で柔らかいベッドにいれてくれたのは感謝するが、よりにもよってこんな素敵な人に醜態を晒した自分が憎い。見たところ育ちもよさそうだし、日本には貴族はいないからきっと財閥のお嬢様だろうか。いや、年齢的に見れば奥様?
「道端で倒れているところをうちの使用人が見つけてね。大変、と思って連れて来たの。」
「いや、ホントすいません。お手数をおかけいたしました。」
綺麗な指先を揃えて口元に添え小さく笑う彼女を見た。恐ろしい程画になる方だ。ますます庶民の自分が可哀想になる。なぜか他人事のように自身に同情してしまった。
「しかし、すごくきれいな部屋ですね。ここはご自宅ですか?」
「そう。去年に夫が亡くなってね。今は私を主として住んでいるわ。」
地雷を上手く踏み抜いたと我ながら思う。起きて一番に彼女の胸の傷を確実にえぐった。私は才能を持つ場所を間違えたのかもしれない。とても申し訳ない、と項垂れた。しかしすぐに謝ろうと開いた口は彼女の言葉で遮られた。
「この部屋を褒めてくれてありがとう。私の好きな色を詰め込めたの。」
綺麗な赤。と呟いて、ベッドに置いてあるクッションを撫でる。
「貴方も赤が好きなの?」
そう言って、静かに指を向けたのは私の鞄。
赤いリュックにキラキラと光って綺麗な飾りをつけている。もちろんそれも赤だ。ついでに言えば中に入っている文房具やノートも赤色で統一されているのだが、そこは見られてはいないのだろうか。
「好きです。赤は見てるだけで落ち着くし、あと暗めの赤ならファッションとして楽しむのも好きです。」
ちょっとお店を回れば赤い服にしか目がいかない。ビビットもダルもダークもシックも。
「わかるわ。私もお酒を飲めるようになってからワインばかり。花も薔薇が一番好きよ。それと口紅も、ドレスもヒールも。果物も苺や林檎を選んでしまうわね。」
わかる!と思わず叫んだ私に彼女は笑った。そして「趣味が合う人はいいわね。」と嬉しそうに手を握ってくれた。私も同じように笑って手を握り返す。「赤、同盟ですね!」と言葉を添えて。彼女は自分の名を“エリザベート”と名乗った。私も名前を交換する。
「これで立派な同盟ね。」と笑った彼女の笑顔は無邪気そのもの、私は自分の好きなものを愛してくれる彼女を好きになった。
「あぁ、それじゃあ同盟として特別に、すごくきれいな赤を教えてあげましょうか?残念ながら私の周りには分かってくれる人がいなくて。」
「わぁ!ぜひ教えてください!なんの赤ですか?」
エリザベートは少しだけ躊躇して、私についてくるように言った。おいで、と手を引かれてベッドを降りる。ふわり、とした足の裏の感触に私は「絨毯まで気持ちいい」と足元を見下ろして息をのんだ。絨毯ではない。これは深く赤黒い色をした粉。灰だろうか?なぜ灰が、と思いはしたが彼女はそんな事を気にする様子はなく、私の手を引いて早く、と微笑んでいる。もしかしたらお金持ちの風習であるのかな、なんて軽く考えてそのことを早めに忘れた。
「この邸にあるんですか?」
「そう!とても暖かくて、柔らかくて。時には美味しくて滑らかで。…それに、最近気づいたんだけれど、肌に塗るとすっごく綺麗になるの!だからお風呂にも溶かして入ってるわ。」
「えぇ?食材ですか?」
「見てのお楽しみよ!」
食べたら美味しい、って。彼女の言い方からすると少し違うようだけれど、植物か何かだろうか?肌にいい、って。シソかな?確かエイジング効果に役立つらしいし。
「さぁ、この部屋よ。」
まるで地下室の鉄の扉。重たい悲鳴を上げながらエリザベートは扉の向こうに入っていった。やっぱり西洋の邸にはこれだよね!なんて思いながらドキドキと高鳴る鼓動を抑えて中を覗き見る。
そして、固まる私の身体と引きつる喉の筋肉。結果から言えば、真っ赤。ただそれだけだ。
「ほら、綺麗でしょ?」
彼女は私の手を引いて部屋の中央まで歩かせた。ぴちゃぴちゃ、と水を打つ音が聞こえる。
正直足が震えて綺麗かどうかなんて確かめている暇など無い。崩れ落ちないのを褒めてほしい程、怯えた脳は緊急信号を出していた。
「…こ、れは?」
「″ヒト″よ。それもまだ穢れを知らない純潔の少女。」
エリザベートは檻の中から一人、まだ幼さの残る少女を引き摺りだすと私の前に投げた。どちゃ、と音がして私は足元を見ることができずに彼女を見続けた。檻の中には生きている者、息をしていない者合わせて二十ほどだろうか。エリザベートは未だ、柔らかく優しい笑みを浮かべているだけ。部屋に入ってきたときの聖母のままだ。
「…この子たちを、どうしているんですか?」
脳は警告音を響かせて私に逃げろと訴えている。しかし、その反面で少しの好奇心と重い恐怖が入り混じり、私の身体をまだこの部屋に取り残していた。
「どうするも何も。この子たちの皮膚の下には素敵な赤が詰まっている。それを楽しむのよ?あなたも好きでしょう、赤。」
ここで否定をすれば死ぬ。間違いなく殺されてしまう。私は必至に動かない頭を一度だけ頷かせた。今すぐにでも気を失わせたい心を留めているのは、生にしがみついた本能だった。
「よかった!皆ね、最初は赤が好きだって言うくせに私の大好きなこの赤を否定するのよ。まるで私が化け物のように責めるの。でも仕方ないじゃない?好きなものを追及して何が悪いの?」
狂っている。それも口が滑れば私は目の前のアイアンメイデンに入れられて殺されるだろうな。他人事に考えながら私は苦笑いを浮かべていた。足元に転がる少女が小さく呻いている。夢に出そうだからやめてくれ。
「それに、私ずっと欲しかったのよ。赤が似合う娘。夫との間には子供ができなくてね。彼も死んでしまったし、もうこの美を誰とも共感できないのかと思っていた。そんな時貴方が来て、私の部屋を見て″綺麗″って言ってくれたのよ。本当に嬉しかった。」
近くにあった机に置いてある、長い針を彼女は手に持った。二十センチはあるだろうか。そんな鉄の針は赤黒い汚れをつけていた。光の反射も鈍くそれが余計に怖かった。彼女はそれを持って私に一歩一歩近づいてきた。
あぁ、ダメだ、死んだ。そう思っていたが、それでも膝は崩れ落ちない。彼女を見つめている目はきっと涙を堪えて必死だと思う。
「今から見せてあげるね。綺麗な赤。」
「あ、で、も」
待って、という言葉よりも先に、彼女の針は私の足元にいる少女の腕に食い込んでいた。
―――――!
絶叫が響いた。きゃあ、なんて可愛らしいものではない。まだ未成年の少女でもこんなに濁った声がだせるのか、という程激痛の含まれた叫び。断続的に何度も何度も、体を床に打ち付けながら少女は痛みを訴えた。正直私も絶叫したかった。しかし、うっとりとした表情を浮かべるエリザベートを前に、私が動揺すれば行く末は足元の少女。殺される。「ごめんなさい」と聞こえない言葉を口の形だけで紡いだ。ボタボタ、と零れ落ちる鮮血を彼女は指ですくって飲んでいた。上品な仕草だがやっていることは悪魔のそれ。私の目の前には化け物がいる。
「少し濃いから一気にたくさんの量は飲めないの。でも余った分はお風呂に入れて浸かったり、浴びたり。あぁ、そうだわ。お肉は夕食にしましょうね。」
「ぇ…?」
自分でも驚くほど掠れて小さな声だった。しかしエリザベートには届いていたらしく、「今日はこの子のお肉を使ってディナーにしましょうね。」と丁寧に説明されてしまった。
あぁ、帰れる気がしない。今のところ彼女は私を殺す気はないけれど、こんな異常なものをみられて、易々と帰宅させるだろうか?私ならば絶対にしない。
「同盟を結んだ貴方なら、きっと気に入ってくれるわ。」
そうだった。彼女とは口頭であったが同盟を結んだばかり。数分前の私はなんて愚かなのか。今日のディナーにされる、と聞いた少女は零れんばかりに目を見開いてエリザベートと、そして私を見た。絶望や恐怖が涙に溶けて大きく見開かれた瞳を潤していたが、それ以上に、少女の目には憎悪の色が滲んでいた。少女は、私を恨んでいた。
* * *
あれから、食事をどう終えたのかもわからない。どうやって邸を出たのかもわからない。気づいたら夜が明けていて、私は邸の外に居た。知らない道、知らない場所。ただ、覚えているのは「また来てね。」と笑うエリザベートの顔。
「…っう!」
無理矢理喉に通した肉が逆流して出てきそうだった。浴びせられた血も、はやく流してしまいたかった。ぐったりとした体は夏の日差しへ投げられて、私はただ宛もなく日常へ戻るために足を進めていた。監禁されて拷問を受けていた少女たちを見た時から、脳には警告音がけたたましく響いていた。だが今はもうない。その代わりに″またきてね″という声だけが、ずっと脳を揺らしていた。
長い、長い夏に戻った。
燦々と降り注ぐ血溜まりの中、壊れる人の音と彼女の笑う声、冷気と赤色、地下室と少女の絶叫。
青い晴れ空とは正反対の真っ赤で歪な部屋の中で、私はぼんやりと考えていた――。
自分が生きるために、少女の肉を喰らった。
私はあの日、あの場所で、少女よりも先に死んだのではないだろうか。
少女は物理的に死んだが、私は精神的に死を迎えた。人間を捨ててしまった。
″人はタフでなければ生きられないが、優しさを忘れた者は生きる資格がない。″
有名な作家が言った言葉がある。
その通りだとつくづく実感する。私はあの時、そこに居た誰よりも化け物だった。
だから今日も、エリザベートの邸へ足を運ぶ。
ビターチョコレート/優秀賞作品(第六十三回全琉図画・作文・書道コンクール)
それは柔らかくて優しい光だった。涙の張った瞳で縋る様に前方を見ると、白くぼやけて溶けていくような錯覚に陥る。
鼓膜を震わせていたのは優しくないダーククラシック。けれど心は冷たい泉に浸かっているかのように静かに落ち着いた。控えめに音を産むピアノと叫びはしないが嘆くヴァイオリンが私の心を表しているようだった。
仄かに香る上品な甘さ。舌触りのよいチョコレートがじんわりと口内に溶けていく。小さな木苺が鮮やかな酸味をはじき出し、クラシックな色合いにアクセントを入れていた。
「気に入ったかな?」
ふ、と隣に響いた優しい声に私は一度頷いた。
「とても美味しい。こんなに優しいお菓子を食べたのは初めてです。」
「それは良かった。」
まるで花が咲くように笑う人だった。花といっても牡丹や芍薬のような豪華なものではない。誰もが通り過ぎて気づかないコンクリートの隅で咲いているような、蒲公英のような小さな花。可憐で柔らかく、触れては消えてしまいそうな程ふわりとした笑みだ。
私もつられて頬が上がるのを感じていた。
「失礼。」と彼がこぽこぽ、と淹れたのは琥珀色の紅茶。すぅ、と息を吸えばアールグレイのたまらない香りが胸いっぱいに広がった。
そうやって愛おしい香りが付いた酸素が体中をめぐると、返ってきた吐息は胸の靄を掻っ攫って行ってしまった。静かで心地の良い旋律が響く。
「心地のいいお店ですね。ずっと居たいくらい。」
「ありがとう。」
コトリ、とソーサーに乗せられたカップが目の前に置かれる。テーブルの白いクロスは淡いクリーム色掛かっていて、よく見れば所々に青い小鳥が羽搏いていた。
可愛らしい。
まるで「お揃い」とでも言うように白い陶器に青い染料で装飾されたティーカップが鎮座する。
控えめな湯気がなぜかキラキラと光っているように見えて、私はそっとそれを手に取った。
「とても香り豊かですね。家で飲むのとは全然違う。」
香りはもちろん、味も見た目もエレガントな紅茶は胸を躍らせる様だった。
「このチョコともよく調和とれていてすごくいいです。」
先ほど頬張ったのは彼が持ってきた一口サイズのトリュフチョコレート。可愛らしい箱に行儀よく収まって個性を控えめに主張していた。
ほろ苦いコーティングに守られたガナッシュはとろける様に甘く、無意識に強張った身体から力を抜いていった。
そんな私の様子を見ていたのか、彼は小さく笑って私の前の席に座った。向かい合った目と目が何度か瞬きを繰り返す。彼のマグカップには苦そうな珈琲が並々と注がれていた。
「アールグレイはミルクチョコレートによく合うんだ。試してみて。」
カップを少しだけ掲げて見せて、秘密を明かすように悪戯な笑みを浮かべた。私は少しだけ笑ってもう一口。冷めないうちが美味しい。香りを十分に堪能してから喉を滑り下りる。彼は珈琲を口に含むとその苦さに驚いたように顔をしかめていた。
そして洒落たカップをソーサーに戻せばどちらともなく目を合わせた。彼はリラックスしているようだけれど、私は少し緊張してしまって背もたれに預けていた背中をゆっくりと伸ばした。
彼は安心させるように少しだけ口角をあげて「さて」と言った。
「君が此処へ来たという事は、人生に疲れてしまったということだけれど。話を聞いてもいいかな?」
机に乗せた手を組んで彼は私を見つめていた。私は数秒考えた後、だんだんと顔を俯かせてしまう。
今までの幸せな気持ちが急激に冷めていく気がした。消えゆく優しい温もりに思わず胸元をギュッと握る。
「……聞いても楽しい話じゃありませんよ。」
「それでもいいよ。」
吐き出して、と彼は微笑んだ。
その言葉だけで、何故か目の奥から熱いものが込み上げてくる。琥珀色を見つめていた視界がぼやけてしょっぱくなった。
カップの持ち手に触れる指が微かに震えて力み、かちゃり、と音を立てて怯えていた。
「もう、わかんなくて。私も相手も皆、何をどうしたいのかも、何を考えているのかもわからない。」
震えた唇が紡いだのは困惑だった。自分が思っていた以上に堪えて上ずった声が響き、右目から涙が一粒零れ落ちた。手に落ちた滴は暖かく、条件反射で鼻を啜る。
「怖いんです。人を信じることがこんなにも難しい。いつだって人の顔をみて裏がないかを探す自分が、酷く醜いように思えて仕方がない!」
一度零れた涙は次々と連鎖して頬を伝い、震えるまつげを濡らしていった。紅茶から離した手をこれでもかという程強く握りしめて叫ぶのを耐えていた。
ぶわり、と今までの記憶が走馬灯のように走りぬけた。その中でもひときわ冷たい記憶だけがべったりと脳裏に張り付き、幸せだった記憶など手の届かない濁った水に溶けていく。
「醜くなんかないよ。」
取り乱している私を見つめながら、彼は微笑んで珈琲を口にした。
その言葉に髪を振りながら否定する。
「親からの愛情ですら疑ってしまう。お腹の奥底に黒い何かがいるみたいにずっと渦巻いてて、どんなに綺麗な言葉を拾い集めてもそれがかき消しちゃう。また裏切られるのかな、って。今度はどんな仕打ちが待ってるのか、こんな地獄がいつまで続くのかな、って思っちゃう。」
「裏切られたことがあるのかい?」
ぐしぐし、と乱暴に目元をこすって涙をぬぐった。彼は少し困ったように眉を下げてその行動を止めたが、私が子供のように鼻をすん、と啜っているのを見て続きを促した。
「苦い思い出を溜め込む必要はないよ。」
チョコレートの甘い匂いとアールグレイの香り、通り過ぎるピアノの旋律と白い彼をもう一度確認しながら、私は深呼吸して口を開いた。
「私が中学二年の頃、親が離婚したんです。何かとすれ違いや口論の多い夫婦でしたから対して驚きはしませんでした。いつか来るだろうな、という予感はずっと持っていたんです。……でも、やっぱり寂しかった。」
少し自嘲するように乾いた笑いを洩らすと、あの時の気持ちが甦ってくるようだった。
不安症で何かと焦る母と、基本何に対してもルーズな父は対立が絶えない。毎晩のように繰り返される口論はヒートアップするにつれて罵倒の応酬に変わっていった。
そんな眠れぬ夜は二人の姉が末の私を気遣い、やんわりと眠りに誘導してくれたものだった。
「私はお姉ちゃんが大好きで、もちろん両親のことも愛していました。だって家族なんです。だから離れたくなかったしこれからもずっと五人家族で暮らしていけるのを願っていました。しかし母は辛そうだし父もそろそろ限界が見えていました。二人が喧嘩で家の物を壊し始めた時、私は自分の我儘が両親を縛っているのだと気づきました。」
だから気にしていないフリをして離婚に賛成したのだ。自分を偽って無関心な態度を貫いたあの時を、今でも思い出しては息苦しさを感じる。
みっともなくてもいい。それでも「離れたくないよ」と素直に言って泣けばよかった。そうしておけば、私は大切なものを失くさずに済んだのかもしれない。
「それから私は母に引き取られ、仲の良かった姉二人は父のもとへ行きました。もちろん家も別になり私は母の旧姓に改苗しました。夏休みに苗字を変えたおかげで新学期からは腫物のように扱われたものです。」
急に消えた家族の気配に慣れず、暫くの間は一人で泣く夜が続いた。布団に潜って真夜中になってから声を押し殺して涙を流す。静かに深呼吸を繰り返しながら気を失うまで泣いていた。
「確かに辛かったけどそれだけなら耐えられた。たとえ友が離れ、生活が嫌になり、担任の教師から見放されても、私は時々会える姉との時間を支えに過ごしていました。きっと乗り越えていけるだろう、とその時の私は思っていたのです。」
「でも違ったんだね。」
「はい。離婚してほとぼりが冷めたころ、父が隠していた秘密が明らかになりました。不倫と隠し子です。父は十年以上も前から母以外の女性と不倫関係を続け、そして私と七つ違いの弟を隠していました。それを知った時は涙すら出なかった。裏切り者、と罵る言葉も泣き叫ぶ声も沸々と湧きあがる感情も、何も感じなかった。今思えば、この時から何かが壊れ始めていたと思うのです。」
彼は私のトリュフとは違って苦そうな黒いチョコを一口食べ、驚いて目を大きく開いた。そして私をみて悲しそうにする。私はその様子に小さく笑いながら視線を逸らした。
この話をした時の人のリアクションは軽蔑されているようで心地悪い。人の親切心も好意も疑ってしまうのはこの頃についた私の悪癖である。
「あの時から人を信じなくなっていったんだと思います。私が愛していた父親の像がガラガラと音をたてて崩れ落ちていくようでした。同時に憎んだし、吐き気も覚えた。」
「そうだね。」
「それからはどんどんと状況や環境が変わっていって、順応するのに必死でした。それのせいか、私は自分の心の整理をする暇がないため、ある程度のショックなら無関心でやり過ごすようになりました。それは人間不信にも大きく拍車をかけ、次第に自分すらも信じられず、着々と私の世界から色を奪っていきました。」
今までは鮮やかに見えていた世界。急に脱色を始めそれは止まらずにモノクロになっていった。
例えば家のベランダから見える夕焼けが綺麗だとか、少しずつ違う海の色とか、日によって違う雲の薄さや空のグラデーション、コンクリートの隅で風に揺られる菫、季節の変わり目に感じる空気の温度。色んな思い出の香り。それらすべてが、色褪せて魅力を失った。
波が打ち付ける音も風が木々を揺らす音も、ノイズが入って聞こえるようになった。
「不信の次に感動に心が震えなくなった。それは人に同調する心も忘れ去るという事。誰が死のうがその時の私には大きな衝撃にはなりえませんでした。ただ時と流れていくモノクロの世界の一部でしかないのです。それから心は愛情と希望と夢と、願いと期待を忘れていきました。別れと破滅を前提にすべてのものを見るようになりました。」
冷たく感じる自分の手を握る。いつか壊れてしまう気がして、いつだって自分を抱きしめていた。
こんなにも心臓は打ち続けこの酷く残酷な世界に足をついて立っているのに、嘘みたいに感じる。
「私が辛かった事を周りの人は理解してはくれなかった。私は、何を考えているかわからない、と言われることが多くなりました。今までの苦しみを上手く隠せていたんでしょうか?今になっては分からないけれど……。それでも、周りは飄々としている私をみて平気だと思ったのでしょうね。何度も何度も、言葉のナイフが飛んできて私を切り裂いていきました。人とは愚かです。自分がどれほど勢いのある刃物を吐き出しているのか気づかない。そしてやっと自分に帰ってきた言葉をみてナイフだと気づくんです。」
ある意味“言葉”とは、もっとも手軽な“凶器”なのかもしれない。平気で人を殺し、その罪悪感を感じることなく過ごしていける。証拠も何も残らない、完全なる殺人だ。
唯一残るのは私の心に深く刺さったまま抜けない針と黒く濁った毒だけ。
「私、だんだんと世界から離別していたんでしょうね。きっと置いていかれて、それで途方に暮れた。今更どうしようもなかったから、もう、いっそ……、いなくなった方がいいのかもしれない、って。」
「それで、あんなことしたんだね。」
彼の言葉に静かに頷いた。
目を閉じれば瞼の裏に見える。私はその日、薄い皮膚の下にある青白い血管めがけてカッターを押しあてた。最後の恐怖に耐えるように目を閉じ、震えたまま手を引けば鋭い熱が走る。
ぶわり、とあふれ出た赤は私の精いっぱいの弱さであり、涙であり、苦しみであった。
「君が此処にいる理由がわかるかい?」
彼は一度ため息を吐いて私をまっすぐな瞳で見つめた。珈琲が空になったカップが机の端に寄せられ、彼がこちらに手を伸ばす。ほっそりとしている指が私の指に絡んだ。
温かい。
両手を苦しいぐらいに優しい温もりで包まれて、私は唇を噛み締めながら顔を上げた。
「君はまだ向こうには逝けないよ。」
「どうして?」
彼が私の手を握りしめたまま視線を向けたのは部屋の出口。白い光を放っていてとても暖かく美しい扉。きっと人が最期にたどり着く場所だと直感していた。
彼の言葉に思わず声を洩らした。真っ直ぐに向けられた瞳と私の目がかち合う。何かを訴えかける様に揺らぐ温かい瞳の色に、話しているうちに引っ込んでいたはずの涙がまた溢れ出しそうだった。
彼は言った。
「君が思っているよりも世界はちっぽけだ。そして人生とは自由なものだよ。確かに誰かに左右されることも多々ある。色んな出来事があって、色んな人と巡り合って、色んな感情を育んでいくだろうね。そんなほろ苦くて甘いのが人生だ。どんなに苦しい夜もいずれ必ず陽は登る。それが、人生なんだよ。」
彼は酷く泣きそうな声色で、眉をグッと寄せながら必死に話していた。その表情と堪えた声に私は溢れ出るものを止められなかった。
噛み締めた奥歯から振るえは全身に伝わり、眉間に力が入る。目元は熱くなり鼻にツンとした刺激が走った。声すら押し殺せず、私は小さく「あ、」と繰り返しながら涙を流していた。
「君は昇る朝陽を見たかい?木枯らしと雷雨が君に夜を連れてきた。でも君はまだ暁を見ていないんだよ。夜明けを迎えていないんだよ。」
彼も瞳に涙を浮かべていた。流れはしなかったがキラリと光っていてとても美しかった。
「君が血の涙を流したとき、君の脳裏には何が浮かんだ?絶望だった?破滅だった?別れだったかい?」
ボタボタと零れ落ちる涙をそのままに、私は必死に首を横に振った。
違う。私が死ぬ間際に浮かんだのは家族の笑顔だった。私が心から最後まで愛し続けたかけがえのない人達。転んで泣いた時も、怖い夢にうなされた夜も、風邪をひいた時も、私が笑えるようにと慰めてくれた。
いつの間にか忘れていた幸せだった記憶が、脳裏に張り付いたどす黒い鉛を溶かしていった。本当は簡単なことだった。
私が押し込めずに素直に泣き、喚き、弱音を吐けばよかったのだ。それなのに愛する彼らの事を考えず私は独りで夜に沈もうとした。愛する者へ、緩やかに回る毒を与えてしまった。
「君にはまだ未練があった。だからチョコと紅茶をお裾分け。君は人を愛し、人から愛されるために生まれてきたんだ。その為に苦しい事も耐えて来たんだよ。」
だから帰ろう。
すっかり涙で世界が見えなくなった私は、彼の言葉にただただ頷いた。
* * *
ぴ、ぴ、ぴ。という電子音が響いていた。
ゆっくりと意識を浮上させて瞼を開く。視界には見慣れぬ白い天井と私の部屋にはないカーテンが見えた。
「あぁ……!目を、覚ました!」
「ドクター呼んでくる!」
嗚咽交じりの悲鳴とバタバタと遠ざかる足音を聞いた。少しだけ唸りながら数回瞬きを繰り返して意識をしっかりと覚醒させる。すごく眩しい。
覗き込むように視界に現れたのは母だった。ならばきっと走り去ったのは姉だろう。
私は気怠い身体が収まっているのを病室だと認識し、美しい夢を思い出していた。
「大丈夫?何か欲しいものある?あぁ、それよりも、なんであんなこと……っ!」
涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになった母の顔をみて私は小さく笑った。少し寝不足なのか、目元に隈が浮かんでいる。
私は小さな声で「お母さん」と呼んだ。掠れた声しか出なかった。でも母は聞き取れていたらしい。私の手を、大きく温かい手が包んでいた。
「なに?どうした?どこか痛い?」
「……チョコレートが、食べたいなぁ」
できればとびきり甘いやつ。
* * *
あれから私は無事に退院し、元の生活に戻りつつあった。しかし、また前のような距離感でいられるか、といえば頷くことはできない。
私は退院後に心療内科を受診させられたし、母は己を責めた。姉にもひどく心配をかけたようだ。手首には一生消えないだろう傷痕を残したままだし、私はそれを見る度に苦さと甘さを思い出す。これからの人生だってすぐ夜が明けるわけではないのだ。
それでも、私はあの時見た甘い夢を思い出しては自分を奮い立たせていた。
「人を愛し、人から愛されるために生まれてきた、か……。」
彼から教えられた言葉で美しい朝焼けを期待できる。
いつかまた、寿命をまっとうした時に会えるだろうか。精いっぱい人生を謳歌して逝き、再び彼に会ったときには優しい声で褒めてくれるだろうか。
あれ以来、彼を思うたびにあの時食べた甘いミルクチョコとアールグレイを思い出す。とろり、と舌の温度で溶けて香りを躍らせるチョコレート。甘いだけではなくて木苺の酸味が特徴だった。彼に教えてもらった、アールグレイとミルクチョコを良く実践している。
「そういえばあの人、なんで苦い珈琲なんかを無理に飲んでいたんだろう?あんなに美味しい紅茶を淹れることができるのに。」
不思議に思いながらも、そのほんのひと時の甘さを噛み締める度、あの鮮やかな酸味と似た感情が私の胸を締め付けた。
私はまだその感情の名前を知らずにいる。
―――――――――――――――――――――
2015年(当時:高校3年生) 沖縄タイムス主催
第六十三回全琉図画・作文・書道コンクール 優秀賞 作品
賽は投げられた
賽は投げられた
◆KP向けあらすじ
探索者たちはトゥルースチャを信仰する狂信者によって異世界に集められ、死と腐敗の生贄として儀式に参加させられます。NPCの如月詩祈(きさらぎ-しの)は10年前の犠牲者でしたが、狂信者であるボゴール(魔術師)が身体を乗っ取ったことで、精神はアザトースの宮殿にあります。なので、如月(偽)は始めの自己紹介で自分の名前の読みを間違え、「しき」と名乗るのです。如月の姿をした魔術師はあなた方をゾンビと争わせたり、ゾンビにしてしまうことで、死と腐敗、恐怖を高め、そしてトゥルースチャを喜ばせるための祭祀を執り行います。
10年前、如月の身を守れなかった婚約者・峠式(とうげ-しき)は10年ごとにこの儀式が行われることを知り、また十年後に連れてこられるであろう探索者たちのため、魔術を覚えています。すでに彼は死んでしまいますが、それはゾンビとして肉体が滅び、精神はこの場にずっととどまっているままです。彼だけが棺桶に閉じ込められるSAN抵抗ロールに耐え続け、魂だけは滅ぶことなくとどまり続けています。
本来ならば、習得に48週間、儀式に4日間かかるアンサタ十字架も彼が事前に製作してくれたおかげで最小のコストで探索者たちは使うことができます。
如月の身体は乗っ取られている状態なので、最終的には殺さず、中の魔術師をトゥルースチャのもとへ返すのを目標にしましょう。
◆導入
世間は冬至を迎えたばかり、聖夜を今晩に控えたそんな頃です。探索者の皆さんも、それぞれの予定を週末に詰めつつ、今日という世界的記念日を思い思いに過ごすのでした。
さて、皆さんは仕事終わりか私用帰り、道端でいちゃつくカップルに中指を立てながら帰路についています。四季のなかで最も太陽の出番がない季節ですから、夕方6時を過ぎれば独り身には厳しい寒さが体を刺すようです。リア充のせいで荒んだ心を癒してくれるものはないか。あなた方はそんな風に街を見渡しました。
しかし、見れば見るほど街にあふれるのはリア充、リア充、リア充。どこを見渡してもブスと豚が鳴き声を上げながら街を行きかいます。耳に入るのは凡そ同じ人間だとは思いたくもないチンパンジーどもの鳴き声とそれに似つかわぬ讃美歌です。街路樹や電灯、街の広場に鎮座する色鮮やかなモミの木。通称:リア充集めの木、別名をクリスマスツリー。待ち合わせやらインスタ映えを狙ったカップルがそこにはうじゃうじゃいました。あまりに醜悪なその光景にSAN値チェックです。(※ここは大変グロテスクで背徳的な描写なのでしっかりとSANチェックしてあげましょう)
あたりを見渡していたあなた方は、お互いの気配を察知することができたでしょう。この地獄のような場所に自分と同じ、この季節になると顕著に現れる絶滅危惧種、ボッチ仲間です。あなた方はお互いにシンパシーを感じた後、プギプギとうるさい豚の声に諦めの境地になり、ふと、ツリーの頂上へ飾られた星を見つめました。キリストが生まれる際にその道導となった明星、ダビデの星。
高い木の上に掲げられているからだろうか。その星の輝きは汚れることなく黄金色にあなたたちを照らしてくれます。光はまるで自ら発しているかのように輝きを増していき、やがて、あなた方はその光に目を開けることも許されず、視界とともに意識をホワイトアウトさせるのでした。
◇開幕
次に探索者たちが目を覚ますと、見慣れない天井が目に入ります。起き上がり、あたりを見渡してみてもそこは見覚えのない場所です。まるで林間学校のような簡易2段ベッド、サイドテーブル以外何もない軍の宿舎のように質素な部屋です。(ここで探索者たちに幸運ダイスを振ってもらい、成功したら直前までの記憶がある。失敗したらここしばらくの記憶がないことにします)
どうやら、あなた方はベッドにただ横になっていたようで、特になんの縛りもなく起き上がることができます。しかし、どうやってここへ来たのか、ここがどこなのかはさっぱりわかりません。覚えているのは豚どもの鳴き声だけです。起き上がり、周囲を見渡すついでにわかりますが、その場には(探索者PL+NPC)人の人がいるのがわかります。
※知らない場所、知らない人に囲まれたあなた方は突如起きた不可解な状況にSAN値チェックです。(0/1D2)
○人物と話す。
NPC 如月詩祈(25) とても美しい人です。おどおどとしていて少し不安げな表情をしています。また自己紹介を頼むとこう答えます。(シークレットダイスを振る→ブラフ)
「私は如月しき。私も気づいたらここにいたの、覚えていることはほとんどないわ」
心理学を振られた場合、成功で→不安に感じながらも何か隠してるな、という風に感じます。失敗で→正直に言っているなというふうに感じました。
○周囲もしくはベッドに目星
成功→ベッドは5個ならんでおり、普段この二段ベッドの上階は荷物置きとして使われていたようで、布団のセットになっているのは下段のみです。みなさんも、下段に寝かされていました。梯子をのぼり、上段を見てみると、いくつか荷物がありますが、皆さんのものではありません。それはずいぶん古いランプとトランシーバー、そしてこれもまた古いタイプのリボルバーが入っていました。このセットは皆さんのベッドに同じように置かれています。
(探索者のうちだれか一人)○○はそこであるものに気が付きます。自分の荷物にだけ、手記が入っていることに気が付きます。
その手記はとても古く、革製のカバーですが、紙はボロボロで黄ばんでおり、それに記された文字は筆記体で、万年筆、もしくはつけペンで書かれたかのようなインクの掠れ方をしています。(読む場合、英語技能で15分。スペシャルで5分)
○手記を読む(英語技能)
手記を開いてみると、ずいぶん前のものであろうことが見て取れます。そのボロボロのページの中で、最後のほうだけあなたはかろうじて読むことができました。
その日付は100年以上も前のものです。
1900/12/21 強い風が吹いている。空の様子がおかしい。
1900/12/22 外が恐ろしいほど暗くなってきた。明け方が来ない夜のようで恐ろしい。デイビッドが泣いている。
1900/12/23 風はまだやまない。これは嵐だ。もうずっと暗いまま。デイビッドは静かになった。
1900/12/24 アレクサンドルが祈り始めた。デイビッドは灯台の管制室にも来なくなった。
1900/12/25 嵐がやんだ。外はすっかり光に包まれた。やはり神はいらっしゃるのだ。
そこで手記は終わっています。手記の裏表紙には名前が書いてあり、この手記の持ち主が「アラン・マッカーサー」だということがわかります。
○廊下に出る。
探索者たちが寝室を出ると、廊下は左右に伸びており、それぞれすぐ曲がり角になっています。廊下は木製で、窓がありますが、外は漆黒そのもので、何も見出すことができません。(KP情報:部屋を出て右にいけば廊下が続き、曲がってすぐの右手に食堂の扉、突き当たり右手に観測室の扉、真正面に灯台に行くための扉。左にいけば地下室への階段が見えます)
○食堂へ行く。
扉を開くと、長テーブルが二つ。その間に均等に木製の椅子が置いてあります。部屋の奥は厨房になっており、そこで調理をしていたであろうことが見て取れます。広い壁にはこの場所が描かれたであろう地図が引き伸ばされて張られていました。(地図提示)
※この時、地図は英語で書かれています。詳細情報を知るには英語技能が必要です。
地図を見たことによって、今探索者たちがいる場所が無人島の灯台にいることがわかります。
〇部屋全体に目星
成功で時間省略。失敗で10分。
部屋を詳しく見ていくと、厨房と席との間に設置されたカウンターに新聞が置かれているのがわかりました。それは英語で書かれた新聞です。英語ダイスを振ってもらいます。
英語成功で速読、失敗で10分です。※どの探索者にも英語技能がない場合、知識-20で読むことができますが、20分かかります。
新聞はとても古いものでこう書かれています。
1901/1/3 スコットランドのアイリーン・モア島で灯台守3人が失踪。貨物船アーチャー号が信号を送ったがそれに対する返答がなく、小型船で島に上陸した時には既に三人の姿はなかった。警察と海兵隊が詳しく捜査したが、部屋は整えられており、灯台の灯油も補充されたばかりで、何の異変もなかった。当初、警察は三人が誤って海に転落したと考えたが、捜査に関わっていた海兵隊のマイク氏は堤防に安全装置が設置されていたことから、転落死の線は極めて低いと判断しており、灯台守の一人だったデイビッドはマイク氏と同じ元海兵隊で海に詳しく、勇敢な男性であったことから、世間もこの事件を不信がっている。三人の行方も意図も分からないまま、捜査は難航しているといえるだろう。
※ここで、手記を読んだ面々は、こう思います。「この手記はあの行方不明になった灯台守三人のうち一人のもので、彼らの身に何かが起こったのではないか。彼らが消失する直前までの手記なのではないか」と彼らの身に起こった何かを想像してしまうでしょう。未知なる恐怖を感じてしまったあなたがたはSAN値チェックです。(1/1D3)
食堂に居たあなた方ですが、突然、壁に掛けられていた黒電話が鳴り響きます。
〇黒電話を取る。
黒電話を取ると向こうで男性の声が響きます。「もう遅い。あれが始まってしまった。逃げることはできない。また、繰り返される」そういうと電話は切れます。
何だったのか、探索者が疑問に思っていても電話はもう機能しません。よく見れば黒電話は配線が切られていました。絶対に繋がることのない黒電話が鳴ったことに探索者たちは底知れぬ恐怖を覚えることでしょう。SAN値チェックです。(1/1D4)
〇観測室へ行く
廊下を進んで奥の右手にある扉を開くと、そこは大きなモニターや記録器具が所狭しと並べられた観測室です。海図や観測機、その他いろいろなものが置いてありますが、その機械類はすべて電源が通っていないのか、動きません。(目星した場合※機械修理で一台だけ復元し、過去の観測記録だけを入手できそうだということを伝えましょう)
※もし、「叩けば直るだろ!」というバカがいましたら、幸運を振ってもらい、失敗すれば完全に破壊していいでしょう。
観測機が復旧すると、1900/12/23の天候が記録されています。記録によるとその日の天気は一か月を通して比較的穏やかな天気が続いており、海のシケも雨すらもなかったとされています。(手記を読んだ探索者ならば、手記の内容と実際の観測情報とで矛盾がおきていることに気が付くでしょう)
観測室に居たあなた方ですが、突然、壁に掛けられていた黒電話が鳴り響きます。
〇黒電話を取る。
黒電話を取ると向こうで男性の声が響きます。「ここを訪れる人々はすべて贄だ。死と腐敗を賛美する邪悪な者たちの宴に差し出される。地下室へ行け。僕はすべてを知っている」そういうと電話は切れます。
○灯台へつながる渡り廊下の扉
突き当りの扉を開きますと、そこは隣接する灯台への渡り廊下になっています。あたりは真っ暗な闇が包み込んでいますが、あなた方の肌を潮風がなでる感触、さざ波の音、潮の匂いがします。それらの情報からあなた方は外に出ていることがわかりました。しかし、人の身長ほど高く作られた転落防止の壁により、外への脱出を試みることができません。(もし上って外を覗き込んだ場合、真っ暗であるという情報の他に、下は底なし沼のように深い何かがあるのではないか、と意識させつつ、何かのうめき声を聞きます。※SANチェック(1/1D3))
そのまま進むと灯台に入ることができます。
○地下室への階段を下りる。
地下へ続いているだろう階段は暗く、先がよく見えません。
目星・聞き耳をした場合→成功でなんの物音もしませんが、何かの気配を感じ取ります。
あなた方がゆっくりと降りていくと、そこは石造りの地下室になっており、幅の狭い廊下を少し歩くと、右手に広がるスペースがあります。そこには松明が壁に設置されており、明かりが灯っていることがわかるでしょう。
○看守室を見る。
その広がりを持ったスペースは寝室や食堂と比べてあまり十分な広さをもっているとは言えませんが、何か作業する場所ではあったようです。すぐ右手に両開き扉があり、奥に部屋があることが予測できます。
※目星を成功することで探索時間を省略、失敗した場合は探索に10分かかります。
スペースにはクラフト台のようなものもあり、そこに広げられた本があります。また机の上にはいくつか薬品がおいてあり、粉上のものを合成していたことが見て取れるでしょう。
○本を見る
ラテン語技能で理解。(KP情報:本はラテン語で書かれています。この本を読む場合は英語ではないことを伝え、もし誰もラテン語技能を持っていなかった場合は英語技能成功で30分かけて解読できます。またそれで失敗しても、1時間をかければ要領を得ることはできるでしょう)
本にはこのようなことが書かれていました。
ブードゥー教では殺人罪などを犯した死刑囚を使い、ゾンビを作る魔術に精通していた。教団に属する魔術師は毒やその他の混合物を作り、人間を仮死状態を継続することで脳死にすることに成功している。また精神を崩壊させることで、肉体の一時的な死と、魂の消失を促している。毒の投与と解毒剤投与の継続により、ゾンビを生み出すことに成功したのだ。
その本は魔術に関する資料であり、その内容は非道で醜悪です。魔術という得体のしれないものへの接近、内容への嫌悪にこれを理解してしまったあなた方はSANチェックです。(1/1d4)
○薬品・粉を見る。
様々な種類の薬品がおいてありますが、すべてラテン語表記です。また、名前の書いていないものもあるためすべてを判断できません。
薬学技能の成功で、それらの1つがフグなどに含まれる毒・テトロドトキシンであることがわかります。
もし、粉上のものを嗅いだor体内に含んだ場合、猛毒の摂取として即時に効果が表れCON抵抗ロールが入ります。(POT17)効果としてはひどい眩暈と激しい吐き気、痙攣、激しい動悸などです。
成功した場合、持ちこたえます。失敗した場合は30分間気絶状態になります。
○解毒剤などを探した場合
解毒剤はこの場にはありません。レシピをしらないので調合も不可能だということを伝えましょう。
○安置所に入る。(目星聞き耳しても得られる情報はありません)
両開きの重たい扉を開くと、そこは寝室や食堂よりも広い大きな部屋でした。地下で石造りであるためか、室内は非常にひんやりとした空気をしています。あなた方がこの部屋に入って最初に見るものはやはり、大量に並べられた棺でしょう。
壁に均等に掘られた空洞にそれぞれ棺が収まっており、さらに、地面に10個の棺がおかれています。これらの状況をみて、あなた方はここが死体安置所、もしくは地下墓地であることを理解するでしょう。
棺はきれいに並べられていますが、一番奥の棺の蓋が開いていることに気が付きます。近寄らなければ中は見えそうにありません。
○一番奥の棺を見る
一番奥の棺を見てみると、その中には美しい青年がまるで眠っているかのようにおさまっています。歳は25歳程度でしょうか。身にまとっている服はあなた方のつけているものとよく似ていて、同じ時代感を感じ取れます。
※医学などの技能を振ると、この青年が死後数年たっていることがわかります。(技能を振らなくてもこの青年が死んでいることは理解できます)
また、青年は胸に大事そうに分厚い本を抱いていました。その表紙にかかれた文字は先ほどクラフト台で開かれていた文献と同じ文字です。
○本を取ろうとする。
本を取ろうと手を伸ばし、本に触れます。その時、青年の手が貴方の手をとらえました。その手は冷たく、強くあなたの手をつかんで離しません。困惑するあなたに向かって青年は目を開き、そして何か言葉を紡ぎました。
「もう始まってしまう。もう始まってしまう。また儀式が行われてしまう。アンサタ十字を持っていけ。僕の十字架を持っていきなさい。アレの中身は偽物だ、聖なる十字架で化け物を追い払うことができる。--あの子を返してくれ」
そういうと青年の手からは力が抜け、また胸の上に手を戻しました。(本は取ることができます)彼は静かに目を閉じ、また永久の眠りにつきます。その頬には冷たい涙が流れていました。
完全に死んだ人間が動き、話したという異質な状況をみてしまったあなた方はSANチェックです。(1/1D6+1)
また、手をつかんだ勢いで発見することができます。彼の胸には金色の十字架が飾られていました。
さらに、手をつかまれた探索者の手首に赤い焼き印のようにマークが浮かび上がっていることに気が付きます。特に痛みもなく、なんの症状もありません。(KP情報・これはヴールの印という魔術印で、術の使用時に1MP+1SAN補正できるものです)
○魔術書を読む
ラテン語で書かれたこの本は魔術書であることが読んでいくうちにわかります。これをすべて読み、理解するのに1D6/2D6のSAN消費+クトゥルフ神話技能12%+48週間かかります。
しかし、アンサタ十字について絞って知りたい場合は、1D3/1D6のSAN減少で読むことができます。※十字は青年が儀式を行い作成してくれたので、魔術書を読まずにかざすだけで使うことができます。
○安置所から出る
あなた方が安置所から出ようとすると、背後で物音がします。それは重たい棺の蓋が滑り落ちる音です。
ここで探索者たちは選ぶことができます。
振り返らず素早く部屋を出た場合は後ろを確認しなかったのでSANチェックがありません。
ここで振り返った探索者は先ほどまで微動だにしなかった棺からほとんど腐敗が始まってしまった死体が起き上がる様子を目撃します。合計3体が動き出しています。SANチェックです。(1/1D5)
○逃げる
素早く部屋から出る場合、ゾンビは追いついてきません。すぐに部屋から逃げることができるでしょう。逃げたとき、寝室、食堂、観測室の扉は開かなくなっています。
○戦闘する。
KP情報:ゾンビと対峙し戦闘する場合、NPC如月は戦闘に参加せず、部屋の隅にいます。周りにはおびえているように見えますが、その実、ゾンビを操っているのは彼女です。
ゾンビのステータス
STR7CON7DEX4SIZ14 組み付き35 こぶし35 HP5
○灯台の管制室に行く。
渡り廊下を進み、灯台に入ると中は管制室になっています。観測室と同じように機材がたくさん並べられている部屋です。
目星成功で探索時間省略、失敗で10分かかります。
部屋の中を詳しく見てみると、機材のそばに写真が一枚落ちていました。
○写真を見る
写真を見ようと手に取った瞬間、そばにあった音声レコーダーの電源がつき、録音されていた音声が流れます。
その声はノイズが混ざり、ところどころ聞き取りずらいですが、先ほどの男性・峠式の声であることがわかります。
「知らない場所へ来てしまった。ここはなんて地獄なんだ。もう息をしているのも僕とシノの二人だけ。シノの心ももう耐えられそうにない。それは僕も同じことだ。--もし、この場所をまた誰かが訪れたなら、その時のために、僕の命をささげておこうと思う。シノのためにも、僕のためにも。僕はこの地獄を作った魔術師に対抗するために一年をかけて魔術を習得しておく。また次の儀式のときまでに間に合うよう、儀式を備えておく。もし誰かが訪れ、また犠牲になろうとしているのなら、その時こそあの化け物を遠くへ追い払えるように十字架を用意しておこう。魔術師は天に近い場所で儀式を行うはずだ。儀式が始まれば空は緑色の光に包まれる。もしその光が柱になり、地上にたどり着いてしまったならば、その時はすべての終わりを覚悟したほうがいい。僕たちはあの光にささげられるための死と腐敗になるのだという。--僕はもう助からない。きっと地下にいたあいつらのように動く死体にされてしまう。だからせめて、せめてシノ、君だけは――」
言葉はそこでおわり、あとは男性の静かな鳴き声だけが細々と記録され、やがてレコーダーが止まります。
写真を見ると、そこには男女が二人笑顔で映っています。男性のほうは先ほど安置所で見た青年です。女性のほうは今よりも若い姿の如月であることがわかります。二人の薬指にはシルバーに輝く指輪が嵌っており、とても幸せそうです。
写真の裏を見ると、10年前の日付と、「峠式(とうげ‐しき)と如月詩祈(きさらぎ‐しの)の婚約記念日」と書いてあることがわかります。
写真を見つけたとき、後ろからついてきていたはずの如月がいないことに気が付きます。階段を走り上る音が響いていることから彼女はどうやら灯台の最上階へ向かったようです。
○如月を追いかける
どうやら灯台は最上階まで階段だけになっているようです。如月を追いかけて階段を駆け上り、あなた方はやがて最上階にたどり着くことができます。
最上階はガラス張りになっており、海や空が見渡せるように設計されていたのでしょう。本来なら島や海が見えたはずの外の世界はまだ真っ暗ですが、空の様子だけがおかしいことに気が付きます。
空には緑の光が表れ始め、まるで円を描くかのように不思議な空模様が出来上がっています。
その空を見ながら、部屋の中心で如月が微笑んで立っていました。どうやら手には魔術書らしき分厚い本を抱えています。
如月はあなた方を見て言います。
「あの男、この体によほど未練があったらしい。面倒な情報ばかり残していってくれたわ」
「この女はねぇ、強情なくらい面倒な性格をしていて、精神転移するまでにものすごく時間がかかったのよ。でも10年前の儀式で集めた生贄のなかでは最も若くて魅力的だった…。だから私も時間をかけてでも乗っ取ろうと思ってね。何度か失敗もしたけど、1年かけてやっとこの体を手に入れることができた。--本当ならあのこざかしい婚約者も先に死者に変えてやってもよかったのだけれど、まぁいいわ。またこうして儀式を行うことができたのだから、あのお方も喜ぶことでしょう」
「さぁ、死者と一緒に踊りなさい。ここは死と腐敗と恐怖の楽園。あのお方のための狂気の集い、私が祝詞を、生贄が死の賛美を!」
彼女が叫ぶと同時に、階段からぞろぞろと先ほど見たゾンビたちが這い上がってきます。(※ゾンビは初期合計3体いますが、3ターン事に1体増えます。※※探索者のレベルに合わせてゾンビの数を調整しましょう。作者の卓では上級者扱いをして皆死にました)
○戦闘です。
ゾンビのステータス(※DEXは3種類の中から好きな割合で決めてください)
STR7CON7DEX(4/5/6)SIZ14 組み付き35 こぶし35 HP(7/8/9)
如月(ボゴール)のステータス(※ボゴール=魔術師)
STR12 CON13 DEX10 SIZ13 APP16 回避50 HP18 MP15
※如月は10ターンかけてMP10減少コストに精神転移の魔術を発動できます。もし、10ターン以内にアサタンの十字架で中に入っている狂信者を祓えなかった場合、探索者の誰かの体に乗り移ります。さらに、精神転移後、次の行動でボゴールはトゥルースチャという外なる神を招来させます。その時点でロストエンドです。
※また、アサタンの十字架発動には3ターンの間、十字架を掲げなければならないので、その間、発動者は行動できません。さらにアサタン十字架発動に5MP+5SANのコストがかかります。もしヴールの印を持っている探索者がやると4MP+4SAN消費で発動できます。またMPは他の探索者からもらうこともできます。
◇EDN分岐
○如月の精神転移発動よりも先にアサタンの十字架によって追放することができた場合。
探索者が掲げた十字架が強く強く輝きを増していきます。その光は暖かく、そして穏やかなものでした。如月はその光を見てうっとおしそうにしていましたが、やがてなんの術かわかったのか、焦りはじめ、そして「やめろやめろ!」と叫び始めます。十字架の光がまばゆく広がり、全員の視界が遮られるほど、まるで灯台の光のように強く輝きました。
真っ白になった世界の中、穏やかで低い男性の声で「ありがとう」と聞こえた気がしました。
光がだんだんと落ち着いてきます。
次に探索者たちが目を開くと、目の前には大きなクリスマスツリーがあります。耳に入ってくるのは街の騒音と讃美歌、そして街を賑わわせるカップルたちの声です。
あなた方は元の世界に戻ってきたことを数分かけて理解し、やがてしっかりと安心することができるでしょう。
あなた方はツリーのそばのベンチに一人の女性が座っているのに気が付きます。その女性は如月しのでした。彼女は静かにベンチで一人きり雪の降り始めた空をみつめています。
○話しかける
如月しのに話しかけると、どうやら彼女はあなた方を覚えていないようでした。しかし、彼女が婚約指輪をつけていることがわかるでしょう。
彼女はこういいます。
「私は10年前にいなくなってしまった恋人をずっと待っているのよ。……いやね、初対面の人におかしなことを言ってしまって。--でもね、今日という日だけは、どうしても忘れられないの。あの人がまた帰ってくるんじゃないか、って。そう期待して毎年ここで待ってしまうのよ」
○写真を渡す
写真を持っていた場合、如月に写真を渡すと、驚き、そして涙を流します。
写真には先ほどまで書かれていませんでしたが、また新たに書き足された文字がありました。
「永久に君を愛する」
如月はあなた方を問い詰めるわけでもなく、ただ静かに涙を流しながら、「ありがとう、ありがとう」とひたすらにお礼を言い続けます。
「あぁ、よかった。私は待っていてよかったのね。あなたを思い続けてよかったのよね」
そう言って彼女は雪の降るにぎやかな街に帰っていくのでした。
後日、10年前に行方不明になっていたとされる日本人男性の遺体が海で発見されたというニュースを見ます。あなたたちはニュースに表記された名前を見て、あの二人がまたいつか出会うことができればいいな、と珍しくカップルにやさしくなれたのでした。
Good END
○如月の精神転移発動よりも先に如月を殺せた場合。
探索者の渾身の一撃により、如月の動きが止まります。やがて、力なく倒れ、呼吸も浅くなっていきます。
「あ、あぁ、なんてこと……。あぁでも、いいの。死というものは、あのお方のお気に召されるもの、なのだか、ら……」
如月の呼吸が完全に停止したと同時に、あなた方の視界はゆがみます。まるで視界をシャッフルされたかのような気持ち悪い浮遊感のあと、視界が真っ暗になりました。
真っ黒になった世界の中、小さくおびえた女性の声で「やっと解放される」と聞こえた気がしました。
光がだんだんと戻ってきます。
次に探索者たちが目を開くと、目の前には大きなクリスマスツリーがあります。耳に入ってくるのは街の騒音と讃美歌、そして街を賑わわせるカップルたちの声です。
あなた方は元の世界に戻ってきたことを数分かけて理解し、やがてしっかりと安心することができるでしょう。
あなた方は今までの記憶が白昼夢なのか否か、判断することはもはやできませんでした。むしろ、今までの記憶を深堀にして理解するよりも、忘れたほうがいい、と自分に言い聞かせながら自分の家に帰っていきます。
後日、新しい年を迎えたころのニュースで、10年前に行方不明になっていた男女の遺体が発見されたというニュースを見ました。
その遺体の名前を見て、あなた方はあの聖夜に見たカップルの写真を思い出すことでしょう。そして彼女のため、自分たちのために命を捨ててくれた男性と、哀れなことに自分の体を奪われてしまった女性の末路を思い出し、やはり、クリスマスやリア充というのは誰のことも幸せにしない、と再確認したところでSANチェックです。(0/1D2)
True END
○10ターンを越え、誰かの体にボゴールが乗り移り、トゥルースチャが招来してしまった場合。
ボゴールが掲げたネクロノミコン(魔術書)が強く強く輝きを増していきます。その光は緑色で、そして冷ややかなものでした。如月はその光を見てうっとりとしていましたが、やがて興奮し始めたのか、高らかに笑い始め、そして「いあ!いあ!トゥルースチャ!」と叫び始めます。魔術書の光がまばゆく広がり、全員の視界が遮られるほど、まるで灯台の光のように強く輝きました。空に広がる光の環もまるで火柱のようにこの灯台へ降りてきます。
緑の光に包まれた世界の中、あなた方は空に悪魔のような異形を見ました。それは大きく口を開くように迫り、やがてあなた方の意識は暗転するのでした。
次に探索者が目を覚ますと、病院のベッドに寝かされていました。
あぁ、あの悪夢から目が覚めたのか。とほっとしたのもつかの間。横たわる自分のそばに医者が立っていることがわかります。
医者はこういいます。
「残念ですが、脳死と判断させていただきます。……ご冥福をお祈りいたします」
自分を挟んで医者の反対には泣き崩れる家族、友人たちがいました。
貴方が何かしゃべろうとしても、体は全く動かず、瞬きをすることすら許されません。やがて自分の鼓動が聞こえないこと、自分の体温がほとんどないことに気が付き、自分の体が仮死状態を継続しているゾンビだと気づかされました。
貴方が真相に気づいたところでそれを止められる人はどこにもいません。
あなた方は意識を保ったまま、火葬場へと連れていかれ、そして生きたまま、その体を焼かれてしまうのでした。
Bad END
これはアソ×ビバのメンバーがプレイし、脳筋班の音声が動画化されたシナリオです。『脳筋と化した芸大生たちによるクトゥルフ』参照。
※このシナリオは未達歌のオリジナルシナリオであり、創作物です。無断転載、または無断改変による自作発言など、その他、著作に関わる虚言、誹謗中傷、侵害を禁止します。