未達歌の本棚

TRPGシナリオや創作小説

UNOSANO学園 第1話 プロット

 

第一話「遊戯」

 

私は山野峰子。高校二年生。

ある日、近所のスーパーでホッキョクグマを助けたことから私の日常は一変した。

ホッキョクグマは超名門校UNOSANO学園の理事長で、助けたお礼としてUNOSANO学園への編入を勧められたのだ

 

特別な生徒しか通うことができない“UNOSANO学園”――。

生徒のほとんどに動物の耳や尻尾が生えているが、誰もそれが見えていないようで、気にしていないし、ほとんどの生徒はそれを日常として過ごしている。

最初は驚きっぱなしだった私も、ほんの少しずつその異様な光景に慣れ始めていた。

 

【教室】

 

雪丸「そういえば、山野さんはどこのチームに入るんやろな」

山野「チーム?」

雪丸「新入生歓迎球技大会。毎年五月に行われる全体行事なんやけど。……その様子じゃ、ホームルームの話聞いてなかったな?」

山野「――。ちょっと考え事してて……、ごめん」

雪丸「まぁ、山野さんは覚えることもいっぱいあるもんな。そっか、んじゃ説明するな」

雪丸「球技大会の種目はバスケ。チームは委員会対抗で行われるんや。その方が新入生は先輩たちと繋がり持ちやすいやろ?」

山野「確かに。先輩と関わる機会って部活以外では無いもんね」

雪丸「そう。そんで、ウチの学園では入学と同時に委員会に入る義務があるんやけど、山野さんは二年からの編入やからまだ委員会決まっとらんやんか」

山野「委員会かぁ……。ちなみに雪丸はなに委員会に入ってるの?」

雪丸「俺は保健委員会」

 

(似合ってる……)

 

雪丸「新入生だったらクラスで話し合って決められるんやけど、編入の場合はどうなるんやろ……。あとで先生に聞いてみた方がいいかもしれんな」

山野「そうだね。ありがとう雪丸

 

(委員会対抗球技大会か……。私はどの委員会に所属することになるんだろう)

 

【昼休み】

 

モブA「あ~終わった終わった!昼飯いこうぜ~」

モブB「今日俺購買行かなきゃ~」

 

雪丸「山野さん。飯、行こう」

山野「うん!今日はどこ行こうか?」

雪丸「案内してないところって言ったら……植物園とか屋上かな」

雪丸(小声)「――でもその場所は“あの人”がいるかもしれないしなぁ」

山野「植物園? なんだか素敵!」

雪丸「まぁ綺麗ではあるんだけど……」

山野「だけど?」

雪丸「植物園は美化委員会の管轄だし、委員長のお気に入りの場所だから……。今日みたいに天気のいい昼休みは委員長が昼寝してるかも」

 

(なんだか行きたくなさそうに見えるけど……)

 

山野雪丸、美化委員の委員長が苦手なの?」

雪丸「いや、委員長が苦手っていうか美化委員会全体が少し……。俺だけじゃなくて殆どの生徒は近寄らないかな」

山野「美化委員会全体が?」

雪丸「まぁ委員長の遠藤先輩は4Uの一人でもあるし。――ほら、始業式の日に居らんかった一人おるやろ?その人やねん」

山野「あぁ、たしか……。どんな人なの?」

雪丸「う~ん。正直遠藤先輩のことはそこまで詳しく知らへんねん。ただ、学園にいる不良生徒の殆どは遠藤先輩に憧れて美化委員会に所属しとる。だから美化委員会にはちょっと気が荒い生徒が多いのが実際やな」

山野「そうなんだ……」

雪丸「でも仕事は丁寧やで。ほら、この学園で汚れてる壁とか枯れてる花なんて見たことないやろ?」

山野「確かに! あれは美化委員会がしてくれてるんだ」

雪丸「だから、花とか手折ったら怒られるからな。気ぃ付けよ」

山野「き、気を付けるね」

 

教師「山野さん、今時間ある?」

山野「えっ。は、はい」

教師「よかった。お昼休み中に申し訳ないんだけど、ちょっと生徒会室に行ってもらいたいのよ」

山野「生徒会室、ですか?」

教師「新入生歓迎球技大会のチーム分けについて、生徒会長が話があるそうよ」

 

(生徒会長って確か“蜜井汰歌”先輩って言ったっけ?)

 

教師「それじゃ、伝えたわよ」

山野「はい、ありがとうございます」

 

雪丸「それじゃ、俺は教室で待ってるわ。生徒会室の場所はわかる?」

山野「う、うん。一応」

雪丸「じゃあ行ってらっしゃい」

 

【廊下】

 

(生徒会長が私の委員会を決めるのかな?4Uの生徒は権限持ってるって言ってたし)

(――雪丸と同じ委員に入れたら心強いのになぁ。)

 

山野「ここが生徒会室か……」

 

西校舎の四階。最も学園が見渡せる場所に生徒会室はあった。

両開きの扉は豪華で、私は少しだけ緊張して扉を叩く。

 

コンコン

 

中から返事はない。

 

山野「し、失礼します」

 

重たい扉の片方を開けてそろりと覗いた。中は広くて薄暗い。部屋に入って真正面にある大きなデスクが恐らく生徒会長の席なのだろうか。そこに人の気配はなかった。

 

山野「あれ?まだ誰もいないのかな?」

 

部屋の中は高級そうなソファや机、棚が並んでいて目を惹かれるものばかりだった。

中に入っていろんなものを眺めていると、奥のソファで布の擦れる音が聞こえた。

 

山野「…?」

 

(誰かいるのかな?)

 

奥のソファに目を向けると、誰かが横になっているようだ。

 

(人がいたんだ……!)

 

??「ん……」

 

(もしかして起こしちゃったかな?)

 

ソファに横になっている人は頭を掻きながらゆっくりと目を覚ました。

 

???「んんん。スンスン。――誰だァ?」

 

(今、匂いを嗅いだ?)

 

山野「あっ、あの……」

 

ソファから起き上がったのは高身長でピアスをたくさんつけた不良生徒だった。

 

???「この匂い……」

 

(あれ?この顔何処かで――)

 

【あの時、廊下でぶつかった人だ】

【あの時、心配してくれた不良さんだ】

 

山野「……もしかして、あの時廊下で――。」

???「やっぱりお前か……」

 

選択結果→(始業式の日、廊下でぶつかった不良さんだ……!)

(また会った……。というか、なんで生徒会室に?)

 

???「蜜井に何か用か?」

山野「あっ、はい。新入生歓迎球技大会のお話で……」

???「ふ~ん……」

 

(見られている。すごく見られている!)

(襟色が青ってことは、3年生の先輩だ……)

 

――がちゃ。

 

???「お。」

山野「!」

 

蜜井「ん?――なんだ来ていたのか」

 

入ってきたのは生徒会長の蜜井先輩だった。

 

山野「あ、お邪魔してます……」

蜜井「君が噂の編入生だね」

 

(あ、尻尾が揺れてる……)

 

蜜井「二年生で確か名前は――」

山野「山野峰子です。よろしくお願いします」

蜜井「あぁ、よろしく」

 

蜜井先輩は足音も無しに近づいてくる。

するり、とソファの合間をすり抜けて生徒会長のデスクに腰かけた。

 

蜜井「座って。――少し待っていなさい。まずは遠藤に話がある」

山野「あ、はい」

 

蜜井先輩は顎で手前のソファを指した。

 

(不良さんは先客だったんだ……)

(――ってあれ?)

 

蜜井「遠藤。また俺のソファで寝ていたな?頬に跡がついているぞ」

遠藤「…お前が遅ぇからだろ」

蜜井「すまない、少し理事長と話があってな」

 

(“遠藤”って確かさっき雪丸が言ってた――)

 

蜜井「――さて、今回の新入生歓迎球技大会だが、例年通り美化委員会に好き勝手暴れられると困る。部下の手綱はしっかり握っておけよ」

 

(やっぱり!この不良さんが美化委員会の委員長なんだ……!ってことはこの人が4Uの?)

 

蜜井「そもそもお前は4Uのひと柱であることに、もっと自覚をもってくれ」

 

(あの時の人は4Uのあと一人だったんだ……!!)

 

遠藤「別に俺の部下じゃねぇよ。あの子犬どもが勝手について来るだけだ」

蜜井「勝手について来ているだけだとしても、美化委員会は皆お前を群れのボスとして見ている。お前は一匹オオカミでいたいかもしれないが、群れができてしまったその責任は取らなくてはいけないよ」

遠藤「……チッ、お前に関係ないだろ」

蜜井「……」

 

(あれ?なんだか一瞬空気がピリついたような……?)

 

心なしか、密井先輩の表情が曇ったように見えた。この二人の仲はあまりよくないのだろうか?

 

蜜井「――とにかく、毎年こうも怪我人を出されてしまうと執行部にもクレームがくる。だから今年は本気で行かせてもらう。お前たち美化委員会はBブロック。保健委員会と俺率いる執行部の三つ巴戦だ」

遠藤「……へぇ」

蜜井「当日はよろしく頼む」

遠藤「わかった。……話は終わりか?」

蜜井「……あぁ。もう行っていいぞ」

 

遠藤先輩は面倒くさそうに頭を掻きながら、何も言わずに生徒会室を後にした。

蜜井先輩の目が私の方を向く。

 

蜜井「――さて、お待たせして申し訳ない。君の所属するチームについてだが」

山野「は、はい!」

 

(本題だ……!)

 

蜜井「君は編入したばかりでまだ委員会に所属していない。しかし即決定するわけにもいかず、現在、理事長からの指示を待っているところだ」

 

(まだ決まってないんだ……)

 

蜜井「ところで君、スポーツは得意かい?」

山野「少しは」

蜜井「そうか。では当日は風紀委員のチームに属してくれないか。風紀委員に二年生が少なくてね。チーム編成に困っているようだから」

山野「チーム編成?」

蜜井「球技大会のチーム編成にはルールがあってね。一年生から二人、二年生から二人、そして三年生が一人でスタメンを構成するんだ。ベンチには各学年を一人ずつ。男女比が均等になるように。――理解したか?」

 

蜜井先輩はメガネの端を指で押し上げて笑った。

口角を上げると覗く八重歯が肉食獣の牙に見える。

 

山野「はい、ありがとうございます」

蜜井「当日は集合時間に委員会ごとに集まってくれればいい」

山野「わかりました」

蜜井「以上だ。もう下がって良いぞ」

山野「では、失礼します」

 

――がちゃ、ばたん

 

(少し厳しそうな人だったな……。当日、どうなるんだろう?)

 

【新入生歓迎球技大会】

【―当日―】

 

モブA「委員会ごとに並べー!整列―!」

モブB「保健委員はこっちに並んでね~」

モブC「図書委員、一年生、早く集まれ」

 

 

雪丸「んじゃ、俺はこっちだから」

山野「うん、わかった。応援してるね。頑張って!」

雪丸「山野さんもな」

 

雪丸と同じチームにはなれなかったけど、近くで応援はできそう)

(えぇと、風紀委員は……)

 

 

白磁「親善委員はこっちですよー!せいれーつ!」

モブ女子3「かわいい~~!」

白磁「知ってま~す!」

モブ女子1「かわいい~~!」

 

(“シンゼン”?シンゼン委員会って何だろう?)

 

紗鳥「風紀委員はこっちに集まってくださいねー!」

モブ女子1「は~い♡」

モブ女子2「駒くん、並んだよ~!」

紗鳥「はい!偉いですね!」

モブ女子「キャーーーー!(黄色い歓声)」

 

(あ!風紀委員のところに早く並ばなくちゃ)

(この子が風紀委員の委員長なのかな?)

 

モブA「アニキ!全員揃いやした!」

モブB「しっかり身体温まってます!いつでも行けますぜ!!」

遠藤「……あぁ」

モブC「テメェら!アニキの顔に泥塗るんじゃねぇぞォ!!わかったか!」

モブ「オォ!」

遠藤「……朝から元気な奴らだな」

 

 

それぞれの委員会が並び終える頃、舞台に蜜井先輩が登壇した。

 

蜜井(マイク)「全員集まったな。――それでは、これより新入生歓迎球技大会を開始する!事前に配布した対戦表に従い、各委員会は試合の準備をするように!」

 

蜜井先輩の開会あいさつが終わると生徒たちが体育館中央を開けるようにして移動した。

体育館を二分割してAブロックBブロック同時に試合が行われるようだ。

 

移動する生徒に紛れて、私に近づいてくる一人の生徒がいる。

 

(確かこの子は4Uの紗鳥駒くん……)

 

紗鳥「初めまして!あなたが蜜井先輩が言っていた助っ人ですよね!」

山野「はい、二年の山野峰子です。よろしくお願いします」

紗鳥「こちらこそ、よろしくお願いします!先輩も今日はめいいっぱい楽しみましょうね!」

 

(すごくいい子そうだ……!)

 

山野「うん!楽しもうね!」

紗鳥「それじゃあ第一試合なんで、コートに行きましょうか!」

山野「わかった!」

 

(知らない人ばかりで不安だったけど、楽しくできそう!)

 

Aブロックのコートの中に10人が並んだ。

 

実況「まずは第一試合。Aブロック「風紀委員VS図書委員」、Bブロック「美化委員VS保健委員」対戦です。ひと試合10分の2クォーターで行います。それでは審判のジャンプボールで試合を開始してください」

 

ピーーーッ!

 

試合開始のホイッスルが鳴り響いた。

それと同時にボールが高く舞い上がる。

 

最初にキャッチしたのは紗鳥くんだった。

 

紗鳥「」

 

(あ。あの犬耳の生徒、すごい尻尾振ってボール追いかけてる……)

(あの子は、身体が重そうだな。……あの耳は象かな?)

 

コート内はすごくカオスな状況だった。

時々興奮しているのか、顔が完全に動物に変わってしまう子もいて、驚かされっぱなしだ。

 

(それなのに紗鳥くんは落ち着いていてすごいな。コート全体が見えてるみたい)

 

相手の陣営へ素早く切り込んでいく。ゴールはもう目の前だ。しかし、それを阻止しようと数人が立ちはだかった。このままではブロックされてしまう。

 

(紗鳥くん……!)

 

紗鳥「先輩!」

山野「!!」

 

後方で待機し、マークされていなかった私の手元に的確なパスが入る。

 

(――今だ!)

 

シュッ!

 

私の手から放たれたボールは放物線を描き、ゴールに吸い込まれた。

 

(すごい…!入った!)

 

紗鳥「すごいです!先輩!この調子でいきましょう!」

山野「紗鳥くんもナイスパス!」

 

(パス、すごく良いタイミングだったな……。それに紗鳥くんはチームのことをすごく理解しているみたい……)

 

第一試合は風紀委員の勝利だった。

 

実況「第二試合はAブロック「風紀委員VS親善委員」、Bブロック「執行部VS保健委員」の対戦です」

 

紗鳥「ここで勝てば決勝進出ですよ!頑張りましょうね!」

 

(次の相手は“シンゼン”委員会か……。どんな子たちだろう?)

 

対戦相手が並んだ。

その中で、キャップを被った生徒がこちらを見た。

 

白磁「あ!峰子さんだ!」

山野「君は!学園案内を持ってきた子!」

白磁「はい!お久しぶりです!――あ!もう先輩なのか」

 

(この子も確か4Uの一人……。理事長の孫だったっけ)

 

白磁「いいな。僕も峰子先輩と一緒のチームで遊びたかったな」

紗鳥「あれ?白磁、先輩と知り合いなの?」

白磁編入の手続き書類とか僕が持っていったんだよね」

紗鳥「あぁ、なるほどね」

白磁「ま、駒と峰子先輩がいるからって手加減しないよ」

紗鳥「こっちのセリフ。白磁だからって優しくしないから」

 

モブ女子1「きゃーーーー!白磁くんと駒くんが並んでる~!」

モブ女子2「かわいい~!」

モブ女子3「4Uの二人の試合か~!どっち応援するか迷っちゃう」

モブ女子1「どっちも頑張れ~~!」

 

(二人とも、すごい人気……。ギャラリーに人だかりが……!)

 

実況「それでは、試合開始です」

 

ピーーーーッ!

 

試合開始のホイッスルがなり、その場を緊張感が支配した。

私は後方から相手チームの生徒を見た。

彼らは図らずも見た目通りの動物の特徴があるらしい。

 

(あの子は狐っぽいな。じゃあ、きっと素早くて厄介だろうし、マークしておいた方がいいかも)

(あのキリンの子はすごくオドオドしてる……。オフェンスにはならないかな)

(馬の子は機動力が高そう。それに脚力があるからさっきからリバウンドがうまいな)

 

委員会が変わると、生徒たちのもつ動物的な要素も変わる。

試合が進む中、私たちのチームは翻弄され、点を多く取られてしまった。

 

(あのうさぎ耳の子……すごいよく見えているな)

 

実況「第一クォーター終了です。5分の休憩後、後半戦を始めます」

 

紗鳥「結構、点数離されてしまってますね……」

白磁「どうだ!うちのチームは持久力が持ち味だからね!後半戦もどんどんいくぞ!」

 

風紀委員の皆は少し疲れてきているようだ。

 

(二試合連続だもんね……。)

(相手チームは白磁くんを筆頭に持久力がある動物たちばかり……。白磁くんはやっぱり、北極熊の血が入っているから体力があるのかな?)

(それにあのうさぎ耳の子……)

 

私はポケットからスマホを取り出して検索した。

 

(「ウサギ」「視界」検索っと……)

(“ウサギの視界は360度。全方向が見えている”)

(すごい。自分の真後ろですら両目でしっかり捉えられるんだ……)

 

紗鳥「注意すべきは馬場先輩と白磁かな。……僕が白磁を止めるにしても……」

山野「紗鳥くん、多分、あの先輩が司令塔だと思う」

紗鳥「え?あの先輩って――宇佐美先輩のことですか?」

山野「うん。あんまり動いていないけど、的確なパスを出しているのはあの子だよ。紗鳥くんと同じ立ち位置にいるみたい」

紗鳥「……」

山野「コートをよく把握できてる。多分、視野が広いんだと思う。あの子を最優先でマークしないと」

 

紗鳥くんは顎に手を当てて考えた。

 

紗鳥「……よく、人が見えているんですね」

山野「え?」

紗鳥「いえ、なんでもないです」

紗鳥「それじゃあ、僕が宇佐美先輩をマークするかな……」

山野「いや、できれば熊井さんがいいかもしれません」

紗鳥「理由を聞いても?」

山野「……熊井さんは体格が大きいので、その分視界を奪えますし、もしかしたらプレッシャーを与えられるかもしれません」

紗鳥「ふむ。面白そうな作戦ですね。――いいでしょう」

 

紗鳥「皆さん、その作戦で行きましょう。後半戦、持ちこたえましょうね!」

 

ピーーーーーーッ!

 

実況「休憩時間を終了し、後半戦を始めます。それでは、――はじめ!」

 

再びボールが上がった。

 

紗鳥「じゃあ計画通りにいきますよ!」

熊井「わかった!」

 

熊井さんが後方で待機していた宇佐美さんのマークに入った。それまでコート全体を見渡していた宇佐美先輩は突然、眼前に現れた熊井さんに目を見開いた。

 

(あ、宇佐美先輩、ちょっと驚いてるみたい。耳が下がってる……)

(さすがに熊井さんの圧はすごいか……)

(肉食獣だもんねぇ……)

 

怯えたように耳を極限まで下げている。宇佐美先輩の視線は熊井さんに釘付けだ。

 

(……ちょっとかわいいかも)

 

その後この計画は上手くいき、後半戦で何とか点数を奪い返した風紀委員は5点の差をつけて白磁くんたちのチームに勝利した。

 

山野「やったね紗鳥くん!」

紗鳥「……」

山野「紗鳥くん?」

紗鳥「――。そうですね、山野先輩のアドバイスのおかげだ」

山野「そんな。紗鳥くんの指示が的確だったからだよ!」

紗鳥「この調子で決勝も戦えたらいいですね。相手は恐らく……」

 

紗鳥くんはBブロックのコートを一瞥した。

丁度、Bブロックの「美化委員会VS保健委員会」が終わったようだ

 

(トリプルスコア……。すごい)

 

紗鳥「毎年、遠藤先輩が率いる美化委員会が優勝しています。おそらく、今年も……」

白磁「でもどうだろう?」

山野「わっ!白磁くん……いつの間に」

 

タオルで汗を拭っている白磁くんが背後に現れた。

柔らかい笑顔を浮かべているが、少し悔しそうにも見える。

 

白磁「負けちゃったなぁ」

山野白磁くん……。いい試合をありがとう!」

紗鳥「正直焦った。でも勝ったからには白磁の分まで決勝頑張るよ」

白磁「うん。絶対勝ってよね。――と言いたいところだけど」

白磁「今年のBブロック見た?」

紗鳥「美化委員会と保健委員会と執行部でしょ?」

白磁「そう。今年は汰歌先輩が本気出して美化委員会と同じブロックに執行部が参戦してる。美化委員会を決勝に行かせないつもりだよ。まあ、汰歌先輩も仁弥先輩も譲らないから、さっきの二試合で保健委員会は両チームに敗退。強さも団結力も拮抗してるし、正直、今年はどうかわからないよ」

紗鳥「二試合、相手が保健委員会だったってことは、三試合目は……」

白磁「そう。汰歌先輩率いる執行部VS遠藤先輩率いる美化委員会。周りの生徒たちはみんなBブロックのコートに注目してる」

 

白磁くんの指さした方を見ると、確かにBブロックのコートにはたくさんの生徒が集まっていた。

 

(皆、二人の先輩を見るために……。すごい人気だわ)

 

山野白磁くんは次の試合、図書委員とだよね?」

白磁「そうですよ。決勝には行けないけど、少しでもAブロックでいい功績を残さなきゃ。でも僕は……」

山野白磁くん?……」

白磁「――いえ、なんでも」

 

(なんだか、白磁くん試合に出たくなさそう……。疲れているようには見えないけれど)

(あれ?なんだか足を気にしているように見える)

 

白磁「僕はリーダーなので、次の試合も頑張らなきゃ」

山野「……」

 

(もしかして……)

 

山野「ねぇ白磁くん」

白磁「はい?」

山野「怪我、してるんじゃない?」

白磁「――え」

紗鳥「え?ほんとに?」

 

白磁くんは私の言葉に左足を下げた。

 

白磁「なんでもないですよ……」

白磁「それじゃあ僕は――」

 

白磁くんは足を庇ったまま立ち去ろうとした。

 

山野「ちょっと待って。白磁くん、左足を見せて」

白磁「でも……」

山野「はやく。そこに座って」

 

白磁くんは少し渋ったが、やがて諦めて壁に凭れて座った。

 

紗鳥「じゃあ僕は救急箱取ってきます。怪我してるなら蜜井先輩にも報告しなきゃ」

山野「お願いします」

白磁「うぅ。……ごめん」

 

そっとシューズを脱いで、ゆっくりとした動作で靴下を脱いだ。

 

(……!結構腫れてる)

 

山野「捻挫、してるね」

白磁「――さっきの試合でちょっと無理しちゃったみたいです」

山野「次の試合、これじゃ出れないね」

白磁「でも僕、委員長なのに……」

 

白磁くんはぎゅっと膝を抱えた。

悔しそうに歯を食いしばっている。大きな瞳にうっすらと涙の膜が張った。

 

白磁スチル】



白磁「僕はいつもそうだっ……」

山野「……白磁くん」

白磁「いつも大事なところで失敗ばっかり……!この出来損ない」

山野「――そんなことないよ」

白磁「……峰子先輩にはわからないですよ」

 

ついに白磁くんの瞳からぽろ、と一粒の涙がこぼれる。

 

山野「……!」

白磁「ぐすっ……。すいません、泣いちゃって。今泣き止みますから……」

 

【まだ子供なのね……可愛いわ】

【なんだか情けないというか……意外だわ】

 

山野「無理しなくていいのよ。きっと周りの生徒には――痛くて泣いているようにしか見えないから」

白磁「……うん。僕昔から泣き虫で、弱くて…いつも頼りないってお兄ちゃんたちと比べられてて」

山野「うん」

白磁「だから学校ではおじいちゃんに少しでもいいとこ見せなきゃ……」

 

(理事長の孫って言ってたけど、いい家系のお坊ちゃんなのかな?すごく期待を背負っていて苦しそうだわ)

 

白磁スチル終】

 

紗鳥「――救急箱持ってきました!ってあれ?白磁、泣いてるの?」

白磁「ぐすっ」

山野「とっても酷い捻挫なの。これすごく痛いよ、歩いていたのが奇跡くらい」

紗鳥「そうなんだ……。あんまり無理するなよ。蜜井先輩も“保健室に行って安静にしてろ”って」

白磁「わかった……」

山野「それじゃ、保健室に行く前に軽くテーピングするね」

白磁「……お願いします」

 

(えぇと本当は湿布で冷やした方がいいと思うんだけど、どういう炎症してるか素人の私にはわからないし……それは先生にみせなきゃ)

 

白磁「うぅっ!……意識すると本当に痛い」

山野「ごめんね、すぐ終わるから」

紗鳥「うわ……本当に痛そう。僕は次の試合で決勝相手を調べたいから抜けられないけど。誰か呼んでこようか?」

白磁「大丈夫。親善委員から人は呼ぶからさ」

紗鳥「そっか……、ごめんな。あとで見舞いにいくから」

白磁「いいよ、大丈夫。試合に集中してよ。――峰子先輩も手当てありがとうございます」

白磁「――あと、その、泣いちゃって」

 

白磁くんは少しだけ恥ずかしそうにしながら小さくお礼を言った。

 

山野「気にしないで。誰でも痛いときは泣いちゃうもの」

白磁「――!」

 

実況「第三試合を開始します。Aブロック「図書委員会VS親善委員会」、Bブロック「美化委員会VS生徒会執行部」です」

モブ「きゃーーー!」

 

紗鳥「すごい盛り上がりですね」

山野「うん……。歓声大きくてびっくりしちゃった」

 

第三試合目、Aブロックでは白磁君のいない“シンゼン”委員会と図書委員が対戦し、Bブロックでは美化委員と執行部が並んだ。

 

蜜井「どうだ?まだ暴れたりないか?」

遠藤「足りねぇな」

蜜井「同感だな」

 

ティップオフの前、二人が向かい合って立つとギャラリーは先ほどとは違う騒ぎに包まれた。

 

モブA「――あの二人が普通に会話してる」

モブB「珍しいな……」

モブC「仲が悪いなんじゃないのか?」

モブA「まぁ仲良くはないんじゃないか?」

 

(――あの二人、同じ4Uだけど白磁くんと紗鳥くんみたいに仲良くはないのかな?)

 

実況「そ、それでは試合を開始します」

 

ホイッスルが鳴り、ボールが高く舞い上がる。

最初にボールを取ったのは遠藤先輩だった。

 

(美化委員会は殆どの生徒が狼なのね……。蜜井先輩が言ってた“群れ”ってこういうことだったのか)

 

美化委員会のメンバーは遠藤先輩を筆頭にきれいな陣形を描いていて隙がない。まさしく狩りをする狼の群れだ。

 

(おそらく、生徒たちの性格は動物の性質が反映されているから……)

 

紗鳥「やっぱり遠藤先輩のチームは力強さがあるな……それにチームバランスもすごくいい」

山野「そうだね……。それにきっと白磁くんたちのチームみたいに持久力も持ち味かもね」

紗鳥「――どうしてそう思うの?」

山野「え?だって……」

 

(全員狼だから、なんて言えない――!)

(他の生徒には耳とか尻尾は見えてないんだ……)

 

山野「……筋肉が、すごくあるから」

紗鳥「確かに。決勝で当たったら厄介だな。きっと第三試合の後でもバテてないだろうし」

 

(狼は最高時速70㎞で20分間走ることができるし、時速30㎞にすると7時間は獲物を負っていられる。彼らにどれほどそれが反映されているかは定かではないけど、たぶん身体能力はずば抜けてあるはずだわ……)

 

モブA「アニキーー!!いけぇーー!」

 

はやくも美化委員会が先制点を奪取。

やっぱりどの委員会よりも統率がとれている。

 

(毎年優勝委員会なのは納得だわ……)

 

しかし――、

 

モブ女子「きゃーーーー!汰歌先輩~~!」

 

すぐに執行部にも点数が入った。

 

(えっ、足速っ!全然見えなかった……!)

(今のは生徒会長?)

 

ヒョウ柄の尻尾をゆらゆらと楽し気に揺らしながら蜜井先輩は笑った。

 

蜜井「点数の取り合いっこだな」

遠藤「……グルル」

蜜井「はははっ」

 

(そっか。あの人はヒョウだった……。個体だけでみれば力強さも速さも狼を上回るかも)

(じゃあ執行部はヒョウの群れ?)

 

狼ばかりが揃う美化委員会と違い、執行部はネコ科が多いものの種族がバラバラであった。

 

豹の尻尾を持つ蜜井先輩と、ライオンの尻尾とたてがみを持つ一年男子、虎の一年女子、サイの角を持つ二年男子、鹿の角を持つ二年男子。

ベンチには蛇のような鱗を持つ女子生徒、ワシの顔をしている生徒などが待機している。

共通しているのは凛々しい表情と自信たっぷりなところだろうか。

 

紗鳥「う~ん……。やっぱり瞬発力で言ったら蜜井先輩が速いなぁ。それにジャンプ力も」

山野「そうだね。――ねぇ紗鳥くん。もしかして執行部って賢い人が多い?」

紗鳥「え?たぶんそうだと思います。蜜井先輩が集めてる人材だし、教養はあるほうだと……」

山野「じゃあ体力配分もうまそうだね。自分たちにどれくらいの持久力があるのかわかってたら、強いと思うな」

紗鳥「そっか。――本当に決勝相手がわからなくなってきたな……」

 

さらに執行部に点数が入る。

先ほどからスリーポイントばかり。

 

(シュートの回数はほとんど拮抗してるけど、ダンクばかりしている美化委員会とスリーポイントが多い執行部で点差が開いてきてる……。スリーポイントならコート内を往復する距離も短いし、体力温存してるのかも……)

 

モブ女子「きゃーー!かっこいい~~!」

 

(なんだか狼たち、視線が行ったり来たりしてる……。もしかして、蜜井先輩の尻尾を見てるのかな?)

(やっぱり揺れるものは見ちゃうのか)

 

モブ美化「チッ!!この猫野郎どもォ!」

遠藤「っ! オイ!力加減――!」

 

開く点差に焦った狼の一人が、力任せにボールを投げた。それは大きくゴールを逸れ、壁近くにいたギャラリーに向かって飛んできた。

 

(ボールが、こっちに――!)

 

紗鳥「うわっ!」

山野「きゃ!」

 

ドンッ――!

 

山野「――っ!」

 

(――あれ?痛くない……?)

 

恐る恐る目を開けた。

会場は先ほどとはうって変わって、荒い呼吸が聞こえる程静かだった。

 

蜜井「――まったく」

 

【蜜井スチル】



山野「蜜井、先輩……」

蜜井「危なかったな、子猫ちゃん」

 

(防いで、くれた……?)

 

蜜井先輩の腕に弾かれたボールはトントン、とコートの中央に帰っていく。

遠藤先輩が苦虫を嚙み潰したような表情をして視線を下に落とした。

ボールを投げた張本人は蜜井先輩を真っすぐと見つめて目を見開いている。

 

(すごく重い音だった……。腕、怪我してたりしないかな)

 

蜜井「おいおい、あんまり牙をむくなよ。――そんなに無防備に出したら、へし折るぞ」

モブ美化「――っ」

 

場が凍った。

 

 

【冷たい声……他を圧倒してる】

【すごい威圧……少し怖い】

 

【蜜井スチル終】

 

蜜井「驚かせてすまないな。犬っころ共、毎年こうなんだ。後で厳しくしつけておくから」

山野「い、いえ!……助けて頂いてありがとうございます」

蜜井「ふっ。――紗鳥、こういう時はお前が子猫ちゃんを守ってあげるんだ」

 

ぽかん、と口を開けていた紗鳥くんは蜜井先輩に話しかけられて我に返った。

 

紗鳥「すいません、山野先輩。僕、驚いて……」

山野「ううん、大丈夫。怖かったね」

 

蜜井先輩がゆっくりと立ち上がってコートに戻っていった。

ギャラリーは女子生徒がひそひそと蜜井先輩を讃えていた。

 

モブ女子「やっぱり、汰歌先輩、素敵だわ……」

モブ女子「本当……。今の行動なんてまさしく王子様」

モブ女子「いいなぁ、あの子。蜜井様があんなに近くにいるなんて……」

 

(ほんと、すごい人気だな……)

 

蜜井「じゃあ、試合を再開しよう。――そこの駄犬、あとで話がある」

モブ美化「なっ!なんでお前なんかの言うことを――!」

遠藤「悪ィ、蜜井。こいつには俺が話しておく」

モブ美化「アニキ……」

蜜井「……。次、同じことが起こったらそれ相応の処分を言い渡す。わかったな」

遠藤「ああ」

 

実況「あ、えっと。――そ、それでは!気を取り直して試合を再開致します!!」

 

――その後、一部選手交代をして試合は続行された。

 

遠藤「――群れの責任は取る」

蜜井「――」

 

遠藤先輩は前半戦以上にチームの行動に気を配り、さらに統率が整った。圧倒的なボスの風格で執行部を圧倒し、少しの不穏な空気はあったものの、美化委員会が僅差で勝利した。

 

実況「美化委員会の勝利!決勝戦は風紀委員会VS美化委員会に決定しました!最終戦は10分後に開始いたします!」

 

モブ「ウォオオオオ!アニキーー!」

モブ「さすが美化委員会。体力じゃあ勝てねぇな」

モブ「いやいや、やっぱ遠藤先輩の統率力でしょ」

モブ「でも今年はヒヤッとしたな~。蜜井先輩、運動してるイメージなかったけど、めちゃくちゃ速かった」

モブ「だよな!ほんと、あとシュートが一つ多かったらどっちが勝つかわからなかったもんな!」

モブ「蜜井先輩、なんで今まで執行部に参加しなかったんだろうな~」

 

ギャラリーは興奮冷め止まず、体育館中に色々な声が飛び交っている。

コートの中央で蜜井先輩と遠藤先輩が向き合った。

 

蜜井「――負けてしまったか。流石にお前の体力にはついていけない」

遠藤「嘘つけ。息一つ乱してない癖に」

蜜井「さすがに焦った瞬間もあったさ。――あの子猫ちゃんにはお前からしっかり謝っておけよ」

遠藤「――あぁ。わかってる」

 

すっと、蜜井先輩が手を差し出した。

 

蜜井「――いい試合だった」

遠藤「……。あぁ」

 

モブ女子「きゃ~~~~!」

モブ女子「蜜井様もいいけど、ワイルドな遠藤先輩もいいよね~」

モブ女子「わかる~!あの二人、正反対だけどそれがいい、っていうか」

モブ女子「決勝戦、駒君と遠藤先輩か~~」

 

 

紗鳥「……すごいチームと対戦ですね」

山野「そうだね」

紗鳥「でも、蜜井先輩との対戦で遠藤先輩たち、相当体力削ってますよ。例年よりずっと疲れてると思います。チャンスです」

山野「うん!」

紗鳥「このまま優勝狙っていきますよ!」

 

実況「これより、決勝戦を始めます。風紀委員と美化委員の選手はコートに並んでください」

 

(いよいよ……!)

 

遠藤「……お前」

山野「あっ、はい」

 

(うわぁ……!やっぱり身長高い……!怖い)

 

遠藤「……さっきは、」

紗鳥「あーー!遠藤先輩、山野先輩を虐めないでくださいよ」

山野「紗鳥くんっ、そんな!」

遠藤「虐めてねぇ」

紗鳥「ともかく、今回は僕たち風紀委員が勝たせてもらいます」

 

(紗鳥くん、よく挑戦状を叩きつけられるな……。やっぱり4Uのメンバーは仲が良いのかな?)

 

遠藤「小動物が……。やってみろ」

紗鳥「なっ……!ちっちゃくないです!遠藤先輩が大きいだけですから!!」

 

実況「それでは、はじめ!」

 

ボールが上がった。遠藤先輩の手がボールに触れ、コートに落とされた。

始めにボールを取ったのは紗鳥くんだった。

 

遠藤「なっ!――んにゃろ」

紗鳥「へへっ!先手必勝」

モブ「すいやせん!アニキ」

 

紗鳥くんのカウンターにより、風紀委員が先制点を取った。

しかし、たかが先制点だけで勝てる相手ではなかった。

その後、風紀委員は前半だけで大きな点数差を見せつけられてしまう。

 

実況「前半戦は美化委員会が大幅リードです!後半戦は5分後に開始いたします」

 

紗鳥「くっ。やっぱり強いですね、美化委員会」

山野「息がぴったり……。体力も速さもあるから」

紗鳥「何か策は……」

 

(策か……。何か狼の弱点を探さなきゃ)

(でも狼だよ?一人だけならまだしも、ボスがいる狼の群れなんて殆ど弱点なんてないじゃない)

 

山野「――あ、でも」

紗鳥「“でも”、なんです?」

山野「あ、いや。なんでも……」

紗鳥「なんでもいいですよ。何かヒントになるようなことあります?山野先輩の目から見て」

山野「……。えっとね」

 

(これ、皆には見えていないんだから私が動物の分析することって、“ズル”になるじゃないかしら……)

(でも、このままじゃ負けちゃう……)

 

山野「……さっき、執行部との試合で美化委員の何人かが集中を切らしている瞬間がいくつかあったの」

紗鳥「あの統率の中?」

山野「ほんとに一瞬よ。遠藤先輩はまず集中を切らすことなんてなかったけど、他の4人は何度か“揺れるもの”に目を奪われていた気がするの。まぁ少しの視線なんて関係ないぐらい彼らは体の使い方をわかってはいるけど」

紗鳥「“揺れるもの”ですか」

 

そう。狼たちは何度か応援で揺れているタオルや風で舞い上がったカーテン、そして蜜井先輩のご機嫌に揺れる尻尾を見つめていた。

あれはまるで遊びたい犬のキラキラした目だった。

 

山野「もしかして、集中しているからこそ、視界の隅で揺れる何かに目を奪われてしまうんじゃないかしら?」

紗鳥「……。確かに一理あるかもしれませんね」

 

紗鳥くんは顎に手を当てて考えた。

そして、決心したように立ちあがり、一人メンバーを入れ替えた。

 

紗鳥「アリスさん、後半戦は熊井先輩と交代して出てください」

アリス「えっ!で、でも私そんなに……」

紗鳥「お願いします。大丈夫です。先陣を切って走れとはいわないので」

 

紗鳥くんが指名した女子生徒は長い髪を三つ編みにして結んでいる小柄な少女だった。

一年生でオドオドしている。

 

(大きな縞柄の尻尾だわ……。彼女はリスなのね)

 

紗鳥「コートの端で大きく動いていてほしいんです。美化委員会の集中を分散させるために」

アリス「集中を分散させるための戦略ですか……なら」

紗鳥「お願いします」

 

(確かに彼女の小柄さや三つ編みの揺れ方に目を惹かれちゃうかも)

 

実況「さぁ後半戦を始めます!選手はコートに戻ってください」

 

遠藤「そんなに汗だくで大丈夫なのかよ?」

紗鳥「……。余計なお世話ですよ」

 

(後半戦は“アリス先輩三つ編み大作戦”――!)

 

ボールが上がった。

 

紗鳥「それじゃ、アリスさん。予定通り、お願いします」

アリス「うん。わかった!」

 

紗鳥くんの指示でアリスさんが走った。ゆらゆらと左右に揺れながら、時々止まっては視界の隅できれいな髪が揺れている。

 

モブ美化「――ん?」

モブ美化「おい、集中しろよ!」

モブ美化「あ、おう、すまねぇ……」

 

(――あ、意外と効いてる)

 

モブ美化「……お」

モブ美化「なんでパス取らねぇんだよ!」

モブ美化「す、すまねぇ」

 

(いや効きすぎてるな??)

 

モブ美化「アニキ!パス!」

遠藤「……はっ!」

モブ美化「アニキまで!?」

 

(いや遠藤先輩も尻尾振っちゃってる……!)

 

紗鳥「遠藤先輩まで効くなんて……!須藤アリス……恐ろしい女性だ……!」

山野「想像以上の効き目だね……」

紗鳥「今のうちに点数取りますよ!!!」

 

モブ男子「なんだか後半戦、アニキの様子が変じゃねぇか?」

モブ男子「それにスタメンたちも……なにやってんだ」

モブ女子「駒くん、調子いいね!どんどん点数が追い付いてきてる」

モブ女子「このままいっちゃえー!!頑張れーー!」

 

蜜井「(おや、珍しい。アイツが集中を切らすなんて……)」

蜜井「……このままいけば、もしかすると」

 

モブ美化「まずい……!あと20秒!」

モブ美化「おらぁ行ったれ!」

紗鳥「アリスさん!」

アリス「はい!!」

 

狼たちがシュートを決めようとすれば、コートの端でアリスさんがジャンプする。素早く、それでいて気になる揺れ方。

 

モブ美化「あ~~!なにシュートミスってんだ!時間ねぇぞ!」

モブ「いいぞ風紀委員会~!いけいけ~!」

遠藤「どうなってやがる……」

 

そしてついに――、

 

紗鳥「逆転!あと10秒守り切れば僕らの勝ちだ!」

山野「やった!!」

遠藤「チッ!……ボール回せ!!」

 

カウントダウンが始まる。

狼たちはボスの咆哮にとっさに反応した。

 

残り三秒。遠藤先輩の手にボールが収まる。

残り二秒。ハーフラインという遠さで遠藤先輩はシュートモーションへ移った。

 

紗鳥「まさか、その距離で――」

 

(まずいわ……!)

 

山野「アリスさん!」

アリス「は、はい!」

 

アリスさんがぴょんぴょんと跳ねる。

 

遠藤「――っ!」

 

残り一秒。遠藤先輩の手から放たれたボールは綺麗な放物線を描いた。

 

紗鳥「――!」

山野「――!」

遠藤「……っ!」

 

がこん!

ピーーーーーーーーー!!!

 

試合終了のホイッスルが鳴った。

 

紗鳥「は、外れた……!」

 

遠藤先輩のシュートはリングに当たって跳ね返った。

間一髪、風紀委員は一点差をつけて美化委員会に勝ったのである。

 

モブ男子「うぉおおおお!!!!」

モブ美化「そんな……!アニキが……!」

モブ女子「きゃーーー!駒くん~~~!!」

モブ女子「遠藤先輩が負けちゃった~!」

 

実況「今年の新入生歓迎球技大会の優勝は、紗鳥駒率いる風紀委員会だぁ~~~!!!!」

 

山野「勝った!」

 

紗鳥くんに振り返った瞬間、私の手に熱いものが絡みついた。

 

【紗鳥スチル】



紗鳥「やりましたよ先輩!!」

山野「さ、紗鳥くん!」

紗鳥「うわぁい!すごいすごい!やった~!」

 

紗鳥くんの火照った手が私の両手を握っている。

こつん、とおでこを合わせて嬉しそうに飛び跳ねた。

 

(ち、近い……!)

(でも、本当に嬉しそうだわ)

 

紗鳥「無敗の遠藤先輩に勝った~!」

山野「……うん!やったね!」

紗鳥「山野先輩のおかげですよ!作戦勝ちです!」

山野「紗鳥くんの指示があったからだよ。おめでとう!」

 

至近距離に紗鳥くんの綺麗な顔が映る。

 

(疲れていても、すごくかわいい……)

 

紗鳥「ねぇ先輩……」

山野「――」

 

紗鳥くんがゆっくりと目を合わせる。

 

【宝石みたいできらきらしていて綺麗だわ】

【青色の中に熱いものを感じるわ】

 

雲さえも突き抜けた深い空のような、どこまでも広がる青い瞳――。

 

紗鳥「……先輩はすごい。――特別ですね」

山野「え?」

紗鳥「なんでもないですよ」

 

なにか含ませたような言い方だったけど、紗鳥くんはパッと手を離してチームメンバーのところへ行った。

 

(どういう意味だろう……)

 

【紗鳥スチル終】

 

実況「皆様お疲れ様でした。それでは委員会はあらかじめ決められた片付け作業を行い、各教室へと撤収してください」

 

表彰が終わり、生徒たちの熱狂も少し収まってきたころ、生徒たちは解散の合図を受けた。

 

紗鳥「優勝報告、白磁にしに行ってきます!」

山野「うん。いってらっしゃい」

 

(――さて。あとはこれを片付けるだけ)

 

遠藤「――よぉ」

山野「きゃっ!」

 

突然、背後から声を掛けられ、持っていた荷物を落としてしまった。

振り返るとそこには遠藤先輩が――。

 

遠藤「わり。驚かせたか」

山野「す、すいません。――あ、私が拾うので……!」

遠藤「これ、重いだろ。……手伝う」

山野「そんな、悪いですよ。あとはこれだけなので……」

遠藤「――」

 

しゃがんだ遠藤先輩より早くものをかき集めようとしゃがみ込む。

散らばったものを集めていると、突然、頭に重みがのった――。

 

【遠藤スチル】



山野「遠藤、先輩?」

遠藤「……さっきはすまなかったな。怖かったろ」

 

(もしかして私、遠藤先輩に撫でられてる?)

(“さっき”って、あのボールが飛んできた時のことだよね?)

 

山野「い、いえ。――蜜井先輩が防いでくれましたし……私は特に何も」

遠藤「あの馬鹿には言い聞かせといた」

 

(穏便にすんでいればいいんだけど……)

 

そっと顔をあげて遠藤先輩の表情を伺った。

 

(無表情で怖いと思ってたけど、こうしてみるとすごく穏やかな目をしているのね……)

 

遠藤「とにかく、怪我がなくてよかった。――嫁入り前の女の顔に傷でもできたら大変だった」

山野「……あり、がとうございます」

 

(遠藤先輩って、初めてあった時もそうだったけど――)

 

【もしかして意外と優しい……?】

【すごく紳士な人かもしれない】

 

山野「先輩はいつも心配してくれますね」

遠藤「……前もそうだったか?」

山野「えぇ。廊下でぶつかった時も」

遠藤「当たり前だ。俺とお前じゃ、――」

 

遠藤先輩の手が頭から髪を伝って降りてきた。

そっと、頬に大きな手が添う。

 

遠藤「ここまで体格差があるだろ」

山野「……っ」

 

(熱い掌……私の顔よりずっと大きいし、骨ばっていて男らしい……)

 

【遠藤スチル終】

 

遠藤「とにかく、今回は悪かった。お詫びに、今後学園生活で困った輩がいれば俺に言えよ。大体は俺の名前で尻尾丸めて逃げていきやがるから」

山野「あ、ありがとうございます。――確かに、遠藤先輩の名前だけである程度の人は逃げていくかも……」

遠藤「……少しは否定してもらいたいねぇ」

山野「す、すいません」

遠藤「さ、片付けるか。――これ、倉庫に戻せばいいんだな?」

山野「あ、そうです……!ってすいません、お手数をおかけしてしまって……!」

遠藤「いいよ。俺がやった方が早いし」

山野「……すみません」

 

遠藤先輩はたくさんの荷物が入った箱を軽く持って倉庫へ向かった。

確かに力量差ははっきりしていて私が一つ一つ持っていくよりずっと早かった。

 

遠藤先輩のおかげで片付けが早く終わった私は、教室に帰るまで今日の楽しい出来事を繰り返し思い出していた。

 

しかし――、

 

【教室】

 

雪丸「お、山野さん。戻ってきたか」

山野雪丸!お疲れ様!」

雪丸「おん、お疲れ。優勝しとったな、すごいやんか」

山野「まぁ風紀委員の端に居ただけだけどね……」

雪丸「そんなことないて。すごかったよ」

山野「ありがとう……。今日、すごく楽しかったな」

雪丸「俺はそんなに運動せんし、はよ終われって思っとったけどな」

山野「確かに!雪丸がバスケしてるとこ想像できない」

雪丸「執行部と美化相手に歯立つわけないやん。秒殺や秒殺。――ま、球技大会も無事終わったことだし俺は気楽やけどな」

山野「でも楽しかった分、ちょっと寂しいな」

雪丸「え?――山野さん、そんな寂しがっとる暇ないで?」

山野「え?」

雪丸「来月は試験があるやんか。――赤点取った生徒は補修に加えてペナルティとして一週間の校内清掃せなあかん。山野さん、勉強の自信あるん?」

山野「――うそ」

 

(試験!?――私普段の授業についていくだけで精一杯なのに……!)

 

雪丸「悪いけど、俺も今回危ういねん。流石に平均以下取れへんから、山野さんに教えてる暇ないわ」

山野「えーー!なんでぇ!私、教えてもらわなきゃ赤点取る自信しかないよ!」

 

(だって外国語が知らない言語なんだもん……!!)

(世界史も私の知ってる話と少し違うし!!)

 

雪丸「ま~~どうしても無理だったら、要点だけは教えたるから」

山野雪丸ぅ~~」

 

(――私、試験のりきれるかな……?)

 

 

第一話「遊戯」 終